2001
【2001年】
第25期入部。
根岸 聖 英米文学 TB/DB
寡黙な面白人間
真中 裕也 人間科学 FB/LB
本当に純日本人なのか?!
あ、やっぱりタイにいたことがあるんだ。
永田 卓 英米文学 WR/DB
なまってねえって!
なまってます。
逵 宏樹 英米文学 TB/DB
苦労は必ず報われる事を身を持って証明する人してる人。
中野 有貴 中国文学 OL/DL
ゲーマーでドラマーな面もあるLINEの中心でありつづけた人
向山 淳 中国文学 OL/DL
死んだ魚の目といわれても、意外と素早い。
鶴見 研治 中国文学 OL/LB
山椒は小粒でもピリリと辛い。
西崎 雅俊 英米文学 WR/DB
萩原さんとテレビが大好き☆
酒主 浩聡 英米文学 TE/LB/DL
こわカッコイイオールマイティーぷれいやぁ
田中 里紗 英米文学 STUFF
今泉 知子 臨床心理 STUFF
大熊 資子 人間科学 STUFF
西岡 たまこ 人間科学 STUFF
千坂 沙織 英米文学 STUFF
第24期高木ラグビー部より転部。
第23期河野、鈴木(紀)、文教短大より編入
このシーズンは昨年3部から転落して、再起を賭けたシーズンでした。
キャプテンはRBの嶋田健一。リーダーシップがあり、後輩からの人望も厚く、頼もしい親分肌のしっかりしたキャプテンでした。
とにかくこのシーズンは昨年度まで3年間在籍した3部に復帰しよう。万が一今年復帰できなければオーディンの未来は無い。とそのぐらいの背水の陣で取り組んだシーズンでした。
オフェンス体型は「パワーI」。これはIフォーメーションからのサイドチェンジを容易にし、ディフェンスに対して枚数で上回るというコンセプトでした。キャプテンの嶋田を中心とし、去年までの反省を生かし、アサイメントの徹底、チームワークの強化を図り、成熟したチームとなりました。
春・夏のオープン戦も順当に勝ち進み、リーグ戦でもオーディンのオプションに対戦相手は全く対応できず、日本工業大学戦においては76点差という、この年の関東学生リーグ1部まで含めた最高得失点差の第2位に輝き、3部復帰はもう時間の問題とまで思われました。
ところが好事魔多しで、リーグ戦の3戦目に当たった江戸川大学に15対28で痛恨の黒星を記してしまいます。これは、当時3年生ながらチームナンバー1のエースラインだった高橋篤が風邪を引いて高熱を出してしまい動けない状態で、その交代としてDEに1年生の向山淳を起用したことが敗因の引き金の一つになりました。パワーオフタックルに対するリアクションをDEがCギャップ、OLBがオープンというデザインで行なっていたのですが(当時はLBのリアクションに負担を掛けないため、1人1ホール責任としていました。)、システムの理解が不十分であった1年生DEの向山が、TEのインリリースと同時に大きく外に開いてしまい、ロングゲインを2度許してしまい、1つはタッチダウンになります。
当時のディフェンスはLBの負担を軽くするため、ギャップ責任を明確にしていました。
そのため、フィジカルの弱点をカバーするために、思い切ったプレーができる利点があるのですが、反面、一人が間違えると非常に大きなゲインを許してしまうというリスクの高いものでもありました。
向山は当時から体も大きく強い選手だったのですが、1年生当時は少々のんびりした面もあり、それが彼の良さでもあるのですが、この試合では仇となってしまい狙われてしまいます。
チームはもちろん、本人が一番悔しい思いをしましたが、その後向山は、この試合をバネにして、翌年から頭角を現し、ラインの大黒柱として成長しました。
そして引退後もコーチとして選手をサポートしてくれました。
また、風邪をひいてしまった高橋も、この失敗をチーム全体の問題として昇華させ、オーディンは体調管理を徹底するモラル高いチームとして生まれ変わることに成功します。
今、思い起こしてもキャプテン嶋田の立派だった所は、この試合の敗戦後、高橋に対しても向山に対しても責めることなく、黙々と自分のプレーの向上と、チームをまとめることに集中していたことです。
このシーズンの最後の千葉大戦、勝っても負けても三部の道が閉ざされた試合。最後のダイブプレーの直前だったのですが、フェイスガードを両手で、バン!と叩いてからFBの位置にセットし、オフガードに突っこんで行った彼のプレーを忘れることができません。
このシーズンの成績は4勝1敗でした。
文責:福田
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