2000


【2000年】
第24期入部

須藤 淳 日本文学 QB
めちゃアツい漢!
冗談ヌキであつすぎる。
なんでそんなに熱いんだっ!

・入部当初は人をよく家に招いてくれる社交的な男だった。だが、入部後1年先輩である悪の三兄弟ビブリー、パギー、T氏による須藤家の占有のため、封鎖。そして、転居…。それ以来、人を呼ばなくなった…。
4年次は卒業を危ぶまれたが、見事卒業し、コーチを2006年度まで行い、チーム躍進の原動力となる。酔うと暴れる。


太田 将史 体育専修 QB/LB
『長い』気持ちも手足もあ…も

・フレキャンの自己紹介は『肩と顎の太田です。』入部当初はなぜか八王子が好きだったようであるが、詳細は不明。強肩と野生的な走りが魅力的なQB。1年次には公式戦で、プレーフェイクパスからのプレーサイドとは逆サイドへのスクランブルにより初TD!顎と肩以外にもギャランドゥーが素敵です。ハドル時にはマウスピースをちゃんと外してから喋ってました。


香取 郁馬 人間科学 G/LB
イケメンだけどほんのりムッチリ

・チバラキ出身。入部当初はサラサラヘアの貴公子。一見やさしそうに見えて、いきなり毒を吐く危険人物。24期で最もインテリジェンスの光った男。持ち前の器用さから何事も上手くこなす彼だが、生まれつきの『象足』のため、スピードは…。あだ名はカチョリ、カトリーヌ。彼のアパートでは24期の極秘会議がよく行われていた。


田村 昌大 英米文学 UB/DB
ややブースターかかりっぱなし感あり。
・通称『寒ぶリーダー』。いつの間にかこの名称が広まる。他に、『チャモさん』『チャモリー』と多数のあだ名を持つ。おそらく、1、2年次に『タムリー』という呼称からの語形変化があったように思われる。肩をよく外し、病院に運ばれる回数は4年次最多!?伝説の『脱臼ブリッツ』を決め、勇退。本人はこのブリッツを『ガーディアン(守護神)アタック』と未だに呼ぶ。


橋本 賢 社会専修 OT/DT
完全にリミッター外れてる気がする。
地球割りのレジェンドをもつ

・『社Pのハシモ』と言えば、知らない同期はいないといえるくらいにフレキャンで名を馳 せた、色々な意味で・・。サブちゃん(ことパステルさん)との数々の名勝負を見せる。1年次にはUBとしてプレーし、自らのプ レーミスに不甲斐なさを感じ、勢い余って、地球にパンチ。自らの拳を砕 く…。だが、その後の練習で、けが人による人数不足が深刻であったチー ムからは白い目で見られ、K子さんの愛のローキックとローリングソバッ ト(スパイク着)で受ける。

高木 啓樹 英米文学 UB/LB
筋肉。

・鬼。究極のマゾ。自らの肉体を痛め、自らの肉体を高めることにエクスタシーを感じるスーパーストロングマシーン。練習への取り組み、勝負へのこだわりには多くの部員が尊敬の念を抱いた。『啓ちゃん』と、3グラオジサンにも親しい関係を築いていた。また、3グラに『鍋』を持ち込んだ最初で最後のカリスマ。当時不可能だと思われていた、『3グラで暖かいご飯』を実現した人物。衣類のたたみ方は独特。


後にXリーガーとなる高木はこの時点ではラグビー部に在籍。





※この年、日産に渡ったはいいものの、あまりの近代化の違いに呆然自失した福田は、「このままではオーディンは列強に侵食され、独立チームとしての存続すらも危ぶまれる」と危機感を抱き、コーチとしてチームのマネージメントを行ない、チームの近代化に取り組む決意をする。

改革した所
○チーム創部から携わって頂いている追泉さんのもとに集り、「無から有を生み出す」というオーディンの持つ本来の強さを呼びさます。

○3年生の主将がそのまま4年生の主将になるという権力の世襲を廃止し、各年ごとに、民本主義の考えに則って主将を選出する。

○一部の選手に特権・権力が集中することを避け、各パートリーダー・オフェンス・ディフェンスリーダー等に権限を委譲し、議会制民主主義にのっとったチーム運営をする。

○各パートがそれそれのパートの取り組みを決めるのではなく、オフェンス・ディフェンスの方針に基づき、パートの方針を決定するという「中央集権制」を敷く。

○大学の課外活動というニュアンスの「部」という言い方を極力抑え、自分達のチームであるという「オーディン」という名称を積極的に使うようにする。

○四学年平等の考えに基づき、若くてもやる気と能力がある人間は積極的にリーダーに登用する。

○女子スタッフによる基礎ドリル指導を行なうなど、1年生の教育制度を充実させる。

○法政大学のアサイメントを取り入れる等、列強チームのノウハウを積極的に導入する。

○近隣チーム(ラグビー・サッカー)との外交面で主体性を発揮し、領土の保全や、人材の流入の積極化を図る。

○自由民権の精神に則り、新しい「チームフィロソフィー」を作る。これは金子氏の立案で「マジで明るく一生懸命、苦しいときも楽しく強く」が採用された。オーディンの中世期は「楽しい」というのは「御法度」だったので、この哲学は近代化の指針でもあり、現在のオーディンの源流にもなっている。

○女性解放の視点から、「プレーヤーさん」「マネージャーさん」という呼び方及び、「マネージャー」という言葉は「男尊女卑社会の蔑視的なニュアンス」もあるという考えから、「スタッフ」という言い方に改名される。スタッフが選手のアンダーパンツを洗濯するという制度も廃止する。

○「コミュニティー活動」「ウェブページ作成」「ご父兄の方との交流」「列強チームとの積極的な合同練習」など、チームを解放し、開かれたチームにする。

○チームの改革の妨げになるという理由から、OB・OGの特権意識による介入、干渉を極力制限する。しかし、コーチを辞任してからは一転、OB達の精神も重要だと考え、OB・OGの名誉を守るべく、学生チームに宣戦布告する。これを「ハッスル」、別名「オーディン西南戦争」と呼ぶ。


この年は「三部優勝」という目標を掲げながらも、急進的な福田のやり方に混乱を来たした部分も大きく、リーグ戦全敗、入替戦敗戦、エリアリーグ降格という文字通り辛酸を味わったシーズンでした。
しかし、4年生は最後まで本当によく戦いました。夏の合宿では、この年学生王者の法政から中のランプレーでファーストダウンを奪い、また、当時2部の農大に勝利するなど大活躍の場面ももありました。

「板垣死すとも自由は死なず」の精神で、この年の4年生の「自由と独立の精神」は今も受け継がれ、金子、池はハッスルの3年連続出場を果たし、今でも現役でプレーを続けています。

@文教大学
大学院の人間科学研究科に博士後期課程を設置






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