DグレSalvia2


サルビア2



 眠い。
 身体が重い。
 気持いいと感じるほど、身体は沈んでいる。
 大きな手に頭を撫でられ、アレンはうっとりとした心地で溜息を零した。
「アレン~」
 ラビの声だった。
 肩を優しく揺らし、髪を撫でてくれる。
 逆に眠くなってしまう。
 起こすつもりのラビには悪いが、アレンは目を閉じたまま開かなかった。このまま眠り続けていたかった。
 昨夜の出来事は夢だと思いたい。
 そうでないと、辛くて狂いそうだ。
「アレン、起きろって。」
「ん……はい…」
 目を開くと、ラビの隻眼が目の前にあった。
 赤い髪が鮮やかだ。
 溜息を零すと、ラビは心配そうに顔を覗き込んできた。
「身体、悪い?」
「え?」
「調子が、悪いんかな~っと思って。」
「…少し、重いです……」
 腰が。
 そこだけ、ブラックホールに吸い込まれているようだった。
 寝返りをうつだけでも、鈍痛が腰を走る。
 思わず顔を顰めずにはいられない。
 何度も噛まれ、指で弄られた胸の突起は、浴衣に擦れるだけでひりひりした。
「何があった?」
「……何でも…」
「そりゃ、嘘さ」
「……」
 ラビは鋭い。
 鋭いのだから、何があったのか把握してはいるはずだ。
 だから、深く追及はしてこなかった。
「今日は、寝てるか?」
「…はい」
「観光できなくて、残念だね~…」
 その一言が、アレンにはなぜか別の言葉に聞こえた。
『ユウは困ったやつだね』
「…そうだね」

 ラビと神田の仲の良さが羨ましい。
 何故そんなに親密でいられるのだろう。
 ラビに嫉妬している。
 神田の心を手に入れたラビ。
 ラビの言うことには、あまり辛辣な言葉を吐かない神田。
 この差は何だろう。
 神田をひそかに慕っているアレン。
 なぜか、暗闇にひとりで立っているような気分になる。
 たったひとり。
 思えど伝わらず、
 慕えど空回りばかりする。
 望んだ愛は、あんなものではなかったはずなのに。

「アレン…具合悪くなった?」
「…平気です……平気…」
 涙が落ちた。
 平気じゃあない。
 身が引き裂かれそうだ。
「…その、アレン…?」
 ラビは目を逸らし、少し言い難そうに笑った。
 ああ、嫌なことが起きそう…。
 ふと思う。
「実は~…」
「嫌です」
「ちょっ…まっ、待ってアレンっ!」
「嫌です……嫌な予感がするから。」
 涙で濡れた顔を背け、アレンは毛布を頭から被った。
 ラビの声が聞こえる。
「なあ、アレン、ユウも反省してるんだよ?」
「…だから何ですか。反省したら殺人も許されますか?」
 反省しているはずがない。
 仲直りさせるために吐いた、ラビの嘘だ。
「反省したら……ラビはアクマを許すんですか…?」
「それとこれとは…」
「一緒です。少なくとも僕は……傷ついてます…。」
 裏切られた気分なんです。
 どうせ酷くされるなら、冷たく突き放されている方が良かった。
 それならば、まだ神田のことを憧れるだけで済んだ。
 遠くから見ているだけで良かった。
「神田は僕のことなんか何も分かってないじゃないですかっ……」
「アレン、だから…ユウは不器用なやつで、それで、」
「不器用だったら、襲ってもいいんですかっ!?」
 もういやだ。
 本部に帰りたい。
 あの狭い部屋に帰りたい。
 独りになりたい。
 ゆっくりしたい。
 構わないで欲しい。
「アレン…非常に言いにくいですけど~…」
 ラビの困ったような声に、アレンは肩を竦めた。
 嫌な予感がする。
 びくびくと頭を出すと、ラビと目が合った。
 とたんに土下座される。
「ご、ごめんアレン!!」
 眩暈がした。
 気が遠退きそうだった。
 部屋の隅で影が動く。
 目を移すまでもなく、神田だと分かった。
「だって、怖かったんさ!!」
 それもそうだ。
 神田は爆弾みたいなものなのだから。
 溜息が零れた。
 馬鹿馬鹿しくなってきた。
 涙が溢れる。
 乱れた浴衣の前を掻き合わせ、アレンは身体を丸めて座った。
 神田が歩み寄ってくる。
 ラビはそそくさと退室し、残されたアレンは居たたまれない。
「…モヤシ」
 否定する気力もない。
 アレンはそっと顔を上げた。
 ぱたりと涙が落ちた。
「何ですか……まだ足りない…?」
 涙で顔をくしゃくしゃにして、皮肉っぽく笑う。
 どうしろというのだろう。
 今度は何を求めるつもりなのだろう。
 これ以上傷付けないで欲しい。
「……僕のこと、そんなに嫌いですか……?」
 そんなに、憎いですか…?
「…違う」
 伸びてきた手が乱暴に涙を拭った。
 身体を縮めたアレンを抱き寄せ、神田の唇が頬や耳に触れる。
「や、やめっ……」
 戯れのような抵抗に、神田は逆らうことなく離れていった。
 烏の濡れ羽色をした髪が、さらりと揺れる。
「どうして…神田は……何を考えてるんですか…」
「何を考えて欲しい?」
「……酷い…」
 娼婦にでも接しているつもりだろうか。
 そんなに安っぽいのだろうか。
「っ……嫌いです…そういうの……」
 両手で顔を隠し、アレンは俯いた。
 細い指の間から涙が滑り落ちる。
肩は震えた。
喉の奥が焼け付くように熱かった。
 壊れてしまいそうだ。
「…そんなに僕が嫌いなら…殺せばいいじゃないですかっ……」
 いっそ殺して欲しい。
「殺して……」
「モヤシ…違う」
 大きな手。
 温かいのに、こんなにも傷付ける。
 アレンの髪を撫で、細い指ごと顔を包み、神田は額に口吻けた。
 優しい仕草に、卑怯だと思う。
 けれど、縋りついて甘えたくもなる。
 傷付けられた痛みを癒して欲しい。
 それは神田に付けられた傷ではあるけれども。
「…何が…違うんです…?」
 逞しい腕に抱き締められる。
 腰が浮いた。
 アレンはそのまま、神田の胸におさまった。
「欲しいだけだ…お前が欲しいだけだ……」
「……」
 大きな銀灰色の瞳が、潤いの増した状態で神田を捉える。
 無垢な瞳は美しかった。
 つやつやとしていて、宝石のようだ。
「盗られたくない。」
 だから無理矢理抱いた。
 鎖で縛るようなものだと分かりながら、アレンを犯した。
 自分から離れられないようにしようと思った。
 結果としては遠ざかってしまったが、必死だった。
 アレンを傷付けただけだと気付いた時、久しぶりに焦りを感じた。
「…ほんと……?」
 ぎこちない笑み。
 細めた瞳から涙が零れる。
 見上げてくる少年の顎を指先で支え、唇を重ねた。
 大事な人。
 それは互いに同じだった。
 ただ正直になれず、擦れ違ってばかりいた。
 いつかふたりで手をとり歩けたなら、どれ程いいだろう。
 そうやって理想を追うばかりだった。
「嫌いじゃ…ないですか……?」
「…ああ」
 愛情の裏返しを知った。

 瞼が落ちていく。
 神田の胸の温もりに、眠気を誘われた。
 大きな手に宥めるように髪を梳かれ、アレンは目を閉じた。
 温かい。
 守られている安心感が心地よい。
 アレンの指先は、神田の胸元をしっかりと掴んで離さなかった。

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なんか中途半端でしたね。
サルビアはシソ科の一年草~多年草です。開花時期は4月~11月。
原産地はブラジルです。
この花の花言葉は「燃ゆる思い」です。




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