DグレIris2


 アイリス 2
 コップに水を汲み、神田に差し出してみた。
「飲んでください」
「……。」
 喉がカラカラに渇いているはず。
 それなのに、神田は飲もうとしてくれなかった。
 身体を起こすことすら億劫な状態で、神田は薄く目を開く。
「……神田、お水です…飲めませんか?……どうしよう……」
 コップを片手に神田を見下ろし、立ち往生していた。
 方法がないわけではないけれど、そんな仲でもないし即却下。
 だけど、それしか……。
―――僕が……神田のお気に入り……。
 本当にそうだといいな。
 神田が嫌いなわけじゃないから。
―――……。
 コップの水を少しだけ口に含み、神田の上に屈む。
 動かない神田に、唇を押し当てた。
 薄く開いた口の中に、少しずつ水を流し込む。
 驚くほど熱い唇に、対照的な冷たい水は心地よく感じられるはず。
 口の中の水がなくなった。
 唇を離したとき、赤面している自分が恥ずかしかった。
 神田は無言のまま、目で水を催促してくる。
 こういうとき、ラビはどうするのかな。
―――どうして、ラビ……?
 神田とラビは仲がいい。
 羨ましいんだ……。
「ラビはもっと……別の方法を…考える……お前は幼稚だ………」
「っ……別に…ラビのことを考えてたわけじゃ……」
「……馬鹿………水。」
 荒い息の合間に、彼は催促する。
 何度か繰返し、口移しで水を与えた。

 苦しそうな寝息が聞こえる。
 体中が熱い。
 動くことが、できない……。
「……神…田……」
 ベッドの中だった。
 ぼやけた頭の中で、記憶が寸断されている。
 神田が水を飲んだことに安心して、うたた寝をしてしまった。
 けど……ベッドにまで入るなんて、図々しいことをした憶えはない…ハズ。
 目を開けば、神田の胸がすぐ目の前にある。
 パジャマは汗で濡れていた。
 寒いのか、神田は強く抱き締めてくる。
 玩具を取られそうになって、必死でしがみつく子供みたい。
 広い胸に、手を触れた。
 絹のように滑らかで、湿っている。
 神田が眠っている間に、その胸に頬を思う存分、すり寄せた。

 看病…かな。
 とにかく、看病の成果なのか、神田は熱も下がって落ち着いていた。
 良かった。
 ほっとした。
 肩から力が抜けた。
 ベッドに腰掛けている神田は、乱れた髪を手ぐしで直している。
 柔らかな髪。
 美しい艶が、光を放つ。
 朝陽に照らされて、神田の白い肌も淡く光って見えた。
「神田……ごはんですよ」
「…ああ」
 特製スープ。
 ジェリーに教えてもらった。ジェリーが言うには、
「材料は愛!!愛こそすべて!!」
 らしい。
 ジェリーに言われた通りに作ってみたけれど……さすがに愛だけでは食べられないので、野菜や鶏肉を時間をかけて煮込んだ。
 予想以上にあっさりしているし、具も柔らかいから食べられると思う。
 黙々とスープを飲み、フォークで肉をほぐしていく。
 少し、面倒臭そう……。
 鶏の骨は今度から外しておこう。
 食べ終わった神田は、俯き加減で座ったまま、動かない。
「……神田…味、どうでした……?」
「…別に」
「……不味かったですか?」
「いや……」
 皿を受け取った。お盆に載せながら、神田の様子を窺う。
 腰に腕が伸びてきた。
 驚くけれど、どうしていいのか分からない。
 片腕も掴まれた。
 動揺している僕をよそに、神田は身体を引き寄せようとする。
 神田の胸に無理矢理抱き込まれ、膝に座らされた。
 真っ赤になった顔に、大きな手が触れた。
 優しい手つき。
 今まで一度も見た事のない表情、感じた事のない感触…。
 思わずうっとりと目を閉じた。
 額にキスを落とされる。
 抱き締めてくる腕が、温かい。
「…神田……神田…?」
 神田の頬に自分の頬を押し当てながら、そっと胸にしがみついた。
 伸び上がる身体を、宥めるように神田が撫でる。
 この時がずっと続けばいいのに……。
 優しい神田は今だけ、僕のもの。
 そうだと思う。
 僕も、神田だけのもの。
 それでいい。
 あなたの傍に、いられるだけで。

 僕はあなたを、大切にします。

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Iris(アイリス)は別名イリス、オランダ菖蒲と呼ばれるアヤメ科の多年草です。原産地は地中海沿岸で、10月~5月が開花時期となります。
「あなたを大切にします」という言葉は、この花の数多い花言葉の中のひとつです。




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