鬼ごっこ
「鬼ごっこって、知ってるか」
暇だった。
だから、神田と石段に座っていた。
何を見るでもなく、秋の風景を。
木の葉が舞い落ち、ところどころが緑色の、しかし大半が枯れてしまった芝生の上を彩る。
紅葉が美しかった。
ひらひらと落ちていく姿は、羽ばたく力を失った赤い蝶のようだ。
「モヤシ、やってみるか。」
「鬼ごっこ・・・ですか?」
薄く苔の生えた石段の上は、カラカラに乾いている。
ただ、苔はふわりと柔らかかった。
それに触れて、アレンは首を傾げる。
「追いかけっこ、ですよね。」
「そうだ。鬼が追いかける。捕まったら、その捕まった奴が次は鬼になる。」
「楽しそうですけど・・・延々ループじゃないですか」
まあ、終わらないのが楽しいのだとも分かっている。
小さい頃は、楽しいことには時間の経過というものを感じないものだった。
「じゃあ、鬼はどっちがやります?」
やる気になってきた。
アレンは身を乗り出す。
「俺がやる。その代わり・・・」
アレンの前髪を引っ張り、白い頬に口付けた神田は立ち上がった。
見上げてくる銀灰色の瞳が、神田の影に覆われて青っぽく色を変えた。
「分かってます。もし捕まえることが出来たら、好きなようにしてください。」
挑発的な笑みを浮かべ、アレンは立ち上がる。
神田は顎をしゃくり、『さっさと行け』と促した。
「僕は捕まりませんよ」
「ほざけ」
黒の教団。
その本部はとてつもなく広い。
アレンは方向音痴で、不規則に逃げることに関してだけは得意だった。神田が頭脳プレイを試みるつもりであれば、アレンを探し出すこと自体が難しいことで、もしそうでなかったとしても時間がかかることは容易に想像できる。
神田はひとり、寂しげな庭に取り残された。
その目はアレンを追っていない。
まだ見える、アレンの背を。
とりあえず食堂に向かった。そこから神田の動きを見るつもりだった。
人の多い食堂ならば、多くの人に紛れて逃げることが出来る。
食堂の一番奥の席に腰掛け、アレンは様子を窺うことにした。
その隣にはリナリーがいる。
「・・・何も食べないの?」
リナリーの前には食事が置いてある。
野菜を中心に、栄養バランスの良さそうな食事だった。
「神田と鬼ごっこしてるんです。」
「・・・・・・神田と・・・?」
ありえないわ。
そんな顔をして、リナリーはアレンを凝視した。
「神田は頭でも打ったのかしら。」
「さあ」
にっこりと微笑んだアレンは、食堂の入り口に目をやっていた。
まだ来ない。
まだ。
食事を続けるリナリーを隣に、アレンは指を組んだり解いたりしていた。
鬼ごっこは逃げることが楽しいのであって、待つことが楽しいのではない。
確かに、いつ見つかってしまうのだろうという幽かな恐怖感は良いのだが、それもここまで続くといっそ面白くなかった。
アレンは頬杖を突く。
つまらない。
「・・・ごちそうさま。アレン君、ここで神田を待ち続けるの?」
食事を終えたリナリーはお茶をすすりながら聞いた。
「う~ん、はじめは待つつもりだったんですけど・・・・・・」
来ない。
これでは時間の無駄だ。
アレンは立ち上がった。
「やっぱり行きます。」
フードを目深にかぶり、アレンは食堂を後にした。
とりあえず歩くことにした。
走ってなんぼの遊びだが、追う相手もいないのに走って逃げているというのは、少し変態的な気がした。
縦横無尽に、気の向くままに。
そんなことをすれば、どうなるか分かっているはずなのに。
探しても探しても、アレンの気配はどこにも感じられなかった。
神田は少しだけ、内心で焦っている。
本当に見つけられそうにない。
どこへ行っても、いないのだ。
どういう歩き方をしているのか、影を見ることも出来ない。
始めは小さかった溜息が、次第に大きくなっていった。
「・・・・・・いねぇ・・・」
どうしようか。
上から下、右から左と探してもいない。
どれほどの時間を歩き続けたのだろう。
30分は軽く見積もってもいいはずだ。
天を仰ぎ絶望したことなど今までなかったのに。
神田は天井を仰ぎ見た。
本部のどこにもアレンはいない。
もしかしたら、神田の裏をかいて本部の外にいるのではないだろうか。と、思うのだが、アレンが外に出るとも思えなかった。
どこにいるのだ。
迷子にでもなっているのではないか。
自分が迷っていることに気付かず、無謀にも歩き続け、自分の首を締めるようなことをしているのではないか。
心配するものの、アレンは見つからない。
どこにも、いない。
迷子になったと気付いたのは、歩き始めて1時間は経っただろうという頃だった。
廊下には人がいる。
そのひとたちを捕まえて、食堂までの道程でも訪ねてしまえばいいのだが、できるだけ人の印象に残る行動はしたくない。
アレンは勝負事には本気を出すタイプだった。
遊びだと分かっていながら。
周囲をきょろきょろと見渡すが、まだ本部に慣れていないアレンには何がなんだかわからなかった。
「・・・参ったな」
壁の石材に触れ、とりあえず歩き続ける。
ひたすら壁に沿って歩くことにした。
そうすれば、いつかどこかに行き着くはずだ。
辺りには人がいる。
たくさんいる。
それなのに、ひとりぼっちで寂しかった。
鬼ごっこなのに。
捕まっては、負けてしまうのに。
勝ちたいのに。
それなのに、神田に会いたい。
捕まえて欲しいと思い始めていた。
寂しい。
捕まる気などなかった。
神田を翻弄させ、楽しむつもりでいたのに。
最後に『もう諦めたら?』と悠然と言い放つつもりだったのに。
今は、『捕まえた』と言って抱き締めて欲しい。
神田の黒髪に思う様頬を寄せたい。
首にしがみついて、頬に口付けて、少しだけ、甘えてねだりたい。
キスして、と。
自分ひとりの力でアレンを捕まえるつもりだったが、どうやら無理のようだ。神田は渋々、他人に頼ることにした。
「おい」
そこにいたのはコムイだった。
リーバーから逃げてきたらしく、酷くおどおどしていた。
「・・・何だ、神田君か」
「モヤシを見なかったか」
「ああ、アレン君?」
壁に背をぴったりと付け、人目を気にしながらコムイは微笑んだ。
「知ってるよ。探してるのかい?」
「ああ。どこにいた?」
「リナリーが食堂で見たらしいよ。鬼ごっこをしてるそうじゃないか。」
「そうだな。じゃあな。」
食堂。
もうコムイの言葉に耳を傾けるつもりはない。
さっさと歩き出した神田の背後で、コムイの悲鳴が聞こえた。
「何やってんすかっ!!」
「ぎゃああぁぁぁっ、嫌だぁ~っ!!」
コムイを待つのは書類の山だ。
そして、神田は食堂へ向かった。
遅すぎたとも知らずに。
飢えた狼さながらにうろついたあげく、アレンは本部の外に出ていた。
門番の下で膝を抱え、座り込んでいる。
正直、疲労困憊だった。
ずっと歩き続けていたのだ。
足が痛い。
「何やってんだ~」
門番の声に、アレンは溜息を零した。
「神田と鬼ごっこしてるんですけど、迷ってしまって・・・疲れたんです」
「情けねぇなぁ」
「そんなこと言われても・・・」
今神田に追われても、逃げる気力がない。
いや、本心としては捕まる気がある。
もう疲れていたし、何より神田に見つけられるために、わざわざ本部の外へ出たようなものだから。
ここが、初めて神田と出会い、襲われた場所だ。
六幻で切り付けられた。
イノセンスは傷を負ってしまうし、第一印象は最悪だし、呪われたやつとまで言われて、最悪な出会いだった。
よじ登ってきた崖は高かった。
今と同じように疲れていたのに、いきなりの洗礼。
それでも、初めて出会った思い出(?)の場所に変わりない。
案外、神田が来てくれるかも知れなかった。
アレンは立上り、歩き続けて痛みすら走る足で崖に歩み寄った。
崖と門番までの距離は大して長くない。
すぐに崖の端まで行き着いた。
見下ろせばそこはまさしく断崖絶壁だ。
あまりの高さに、無意識の内に足が下がっていく。
ごくりと唾を飲み込み、勇気を振り絞って身を乗り出した。
その時、門番がいきなり叫んだ。
「落ちるぞ!」
足が浮き上がる。
門番の声も虚しく、世界ががくりと揺れ動いた。
落ちる感覚に、心臓が大きく震えた。
「え、あぁっ!?」
アレンは足を踏み外していた。
崖の端ががらがらと崩れ落ちていく。
運の悪いことに、もろくなった地面を踏んでしまったようだ。
しりもちをついたおかげで、アレンは落ちずに済んでいた。
「・・・・・・・・・。」
崖に座り込んで、呆然とする。
脈が、面白いほどに速い。胸を突き破り、このまま心臓が逃げてしまいそうだ。
赤い手で胸を押え、アレンは深く息を吸い込んだ。
ここから落ちていなくて良かった。
もし落ちていたら、死んでいたかもしれない。
「・・・あ~・・・びっくりした・・・」
「馬鹿野郎」
腰が抜けたアレンは立ち上がることも出来ない。
体をねじり、背後の門番に苦笑して見せる。
その後で、ゆっくりと崖下を眺めた。
高い。
とてつもなく高い。
樹木の葉がまったく確認できないほど。
飛び立つ小鳥が砂粒に見えるほど。
ここから落ちていたら、神田とは二度と会話が出来なかっただろう。
いくら丈夫なコートがあるといっても、この高さでは助かるまい。
落ちることに関しては、イノセンスも無力に近い。
それにしても、腰が・・・。
「どうしよう」
情けないほどに抜けきっていた。
立ち上がろうとしても、膝が震える。
下手に動いて、今度こそ本当に転落死などしては洒落にならない。
じっとしているしかないようだ。
この、寒い場所で。
身も心も凍るほど、寒いここで。
門番に助けを求める気もないし、かといって大声で助けを呼ぶのは恥ずかしい。
迷子から無事生還したと思った矢先に、腰が抜けて動けないとは踏んだり蹴ったりだ。
「・・・見つけたぞ、モヤシ」
背後から、とても不機嫌な声。
アレンはゆっくりと振り向いた。
その視界が暗くなる。
神田の胸が目の前にあった。
「何してやがる」
抱き上げられ、そのまま神田の胸に収まってしまう。
めまぐるしく動いた状況に軽く混乱しながらも、アレンは神田の首にしっかりと抱きついた。
「お、落ちそうになって・・・」
「馬鹿モヤシ」
「ごめんなさい」
甘えて擦り寄ってくるアレンを、神田は不機嫌な顔で抱いていた。
「気をつけろ」
崖から離れた場所に下ろされ、神田にしがみ付きながら地面を踏み締める。
「落ちる気はなかったんですけど、地面が崩れちゃって・・・。」
「落ちる気があってもなくても、気をつけろって言ってんだ。」
「・・・はい」
神田の体は、あまり太くない。
筋肉質とは程遠い。
日本人の体質なのか、どちらかというと華奢な感じがする。
けれど、適度に鍛えられていて、上背のある神田は力強い。
しなやかな動きをする猛獣のようだ。
さしずめ、豹やチーターのような。
「神田、僕、捕まっちゃいましたね・・・。」
真白いウサギのような頭に顎を乗せていた神田は、ふと気付いたように目を見開いた。
そうだった。
鬼ごっこの最中だった。
探しても待っても見つからないアレンが心配になり、途中から行動の主旨が変わっていた。
鬼ごっこが、いつの間にか迷子の捜索になっていた。
「好きにして良いんだったな・・・」
「どうぞ」
神田の胴に両腕を回したまま、アレンは覚悟する風でもなく呟いた。
視界の端に、六幻がちらつく。
何故か、アレンは六幻が好きになれない。
理由はないが、感覚的なものだ。
好きには、なれない。
「とりあえず、中に入るか」
吹き荒ぶ風は冷たかった。
建物の中は、外よりは暖かい。
アレンはほんの少し、神田から離れて歩いていた。
時折、駆け出す素振りを見せる。
「本当の鬼ごっこだったら、今度は僕が鬼なんでしょう?」
「ああ」
「僕も追いかけたいです。」
「・・・ふざけんな」
アレンを探し歩くだけで、もう充分に疲れていた。
当のアレンはにこにこと笑っているが、正直なところ、あまり動きたいと思わない。
「追われることはあっても、追ったことなんてあまりないんですよ。ティムが猫に食われた時はさすがに追いましたけど・・・人を追うことはあまり・・・。」
「・・・イノセンスを探していれば、追うことにも慣れる。」
「遊びじゃない。」
「仕事だからな。」
「僕は・・・」
後ろ向きに神田の前を歩き、アレンはしかめっ面をする。
ほんの少し、考えているようだ。
視線を落としていた。
「僕は、遊びで追いかけたい・・・」
僅かに、寂しげだ。
淡い笑みが痛々しくて、目を引いた。
銀灰色の瞳に影が落ちて、深みを増す。
「少しだけ。」
いいでしょう、と上目に問う。
うっとおしいと感じながらも、神田はアレンを追い抜いて走り始めた。
「あっ・・・!」
一瞬、呆気に取られていたアレンは出遅れる。
先を緩やかな速度で走る神田の神が、綺麗に揺れていた。
翻るコートの端は、黒い影のように見えた。
届きそうで、全く縮まらない距離に、アレンは唇を噛んだ。
鬼になりたいと頼んだ以上、これ以上注文をつけるつもりはないのだが、幾分アレンには分が悪い。
圧倒的な歩幅の差と、身体能力の違い。
石畳の床をテンポよく走っていく神田は、疲れを見せていなかった。
「っ・・・速いっ・・・」
けれど、楽しかった。
遊べることがこんなに嬉しい。
「待って・・・!」
手を伸ばす。
走る速度を緩めた神田の背には、簡単に手が届いていた。
「捕まえた・・・」
背後から、強く抱きつく。
「世話が焼ける・・・」
見上げると、神田の息が上がっていた。
意外と疲れたようだ。
立ち止まったそこはアレンの部屋の前だった。
もうおしまいという意味だろう。
アレンは惜しみながら神田から離れ、部屋のドアを開けた。
「どうぞ」
「・・・・・・。」
ドアの向こうを見た神田が一瞬動きを止めた。
部屋の中には何もないはずだが。
首を傾げながら、おかしなものが雑然と置かれた部屋に神田を押し込んだ。
「悪趣味だな」
大きなガラス製の壷の中を覗き込み、眉を寄せる。
「そうですか?」
アレンの趣味を疑った。
部屋中が、雑多な民族の巣窟と化しているようではないか。
規則性がなく、グロテスクですらある。
唯一まとまりがあるといえば、皆一様に不気味という点だろうか。
用途不明、主成分不明。
何もかもが不明なものだらけなのだから、不気味なのは当然だった。
「えっと・・・どうしましょう」
部屋の中央に立ったアレンは、腹の辺りで両手を組んでいた。
大きめの瞳が揺れていて、なんとも頼りない。
「じっとしてろ」
この部屋の空気に気圧されるものか。
全ては動かない。
何も起きないのだから。
いくら意味不明で気味悪くても、動かないものには何も出来ない。
ただの静物として無視するのだ。
存在そのものを。
「・・・はい・・・」
こんな部屋だから、アレンのはにかんだ笑みが清らかに見えて仕様がない。
鬼ごっこを持ちかけた瞬間から、既にアレンは欲望の対象だった。
それなのに。
「くそ・・・」
この部屋に入ったとたんに、男としてのやる気が萎えていた。
照明も何もかも落とし、完璧なまでに部屋を暗くしてしまおう。
そう思うままに、神田は実行した。
アレンに『じっとしてろ』と言いはしたが、まずは部屋の内情をどうにかするのが先だ。
神田のささやかな努力によって、部屋は暗くなった。
しかし、その部屋でアレンの甘い声が響くことはなかった。
暗くした部屋で、いくつかの調度品(?)が発光した。
その上、空気中をふわふわと舞う発光物体がいるという事にまで気付いた。
明るいうちは気付かなかったが、暗くすると見えるらしい。
部屋の中を、握りこぶしよりも少し小さい球体が浮かんでいた。
それも、5個くらい。
我慢の限界だった。
ただでも疲れているのに、こんなところで周囲に気を取られながら情事にふけることなどできようはずもない。
アレンの腕を掴み、神田は自室に逃げ込んだのだった。
「そんなに僕の部屋、変かな・・・」
「変じゃないって言うのかよ・・・」
「個性的でしょ。」
胸を張って言い切る。
神田は言い返す気力もない。
布団の上で横たわったまま、天井を見上げていた。
落ち着かない様のアレンは、神田の隣にちょこんと腰掛けている。
「あんな部屋で毎晩寝てるのか、お前・・・」
振り向いたアレンは、不思議そうな顔をしていた。
「光ってて、綺麗だったでしょ?」
「邪魔だろ」
「害はないですよ。浮いてるだけです。」
「そうかよ」
脇腹に手を伸ばし、アレンを引き倒す。
遠慮がちに、細い体が寝そべった。
神田に寄り添って、大人しい。
片手で白い髪を梳くと、アレンは触られるままにじっとしていた。
「上着、脱いでもいいですか」
「・・・勝手にしろよ」
じっとしていられないらしい。
コートを脱ぎ、ベストを脱いだ後は手持ち無沙汰のようで、とりあえずという風情で首のリボンまで解いていた。
のそりと体を起こした神田はアレンを背後から抱き締める。
あの部屋から出たことで、自分のペースが戻ってきた。
「神田・・・?」
首筋に神田の唇が触れる。
くすぐったくて、アレンは首を竦めた。
特別、敏感というわけではない。
ただ、他人に唇で触れられるという行為が恥ずかしくて、アレンに臆病な行動を取らせていた。
「ちょっと、待って・・・」
「好きにしていいんだろ」
「・・・やっぱり、待って・・・」
神田を振り切って、アレンは布団の上から逃げ出した。
部屋の隅に駆け寄り、少しだけ動転している自分を落ち着かせようとしていた。
「逃げるなよ」
余裕の笑みを浮かべ、神田は髪を結う紐をゆったりと解いた。
「・・・待って欲しいだけです・・・大丈夫・・・」
神田に、始めは挑発的な態度をとっていた。
アレンだって男だ。
人並みの性欲がある。
だから、神田と大差ないぐらい、最初の内はいやらしいことを考えていた。
好きにしていいと言ったのは、つまり情事の交渉。
お互いに納得していた。
だが、いざその時が来るとどうだろう。
流れ的に・・・というか、当然アレンの方が女役だ。
抱かれたことはない。
だから、何がどうなってどういう結果になるのか、見当もつかない。
快楽だけではすまない予感がしていたし、他人と繋がることに軽い気持ちではいられなくなっていた。
誘うのではなかった。
いや、実質誘ったのは神田なのだが、挑発したのはアレンだ。
だがどちらにしろ、後悔する気持ちが芽生えているのは確かだった。
「モヤシ・・・」
アレンの惑いを感じ取ったのか、神田は低い声で囁いた。
徐に立ち上がったかと思えば、ゆっくりと迫ってくる。
大河のほとりでワニに睨まれているような、情けない気分だ。
「す、すぐです・・・待って・・・・・・」
「さっき、そういえば俺が捕まったな・・・」
「え・・・」
神田からひそかに逃れようとしていたアレンは、嫌な予感に身を硬くした。
喉の奥で、僅かに引きつった声が漏れる。
少しぐらい待ってくれてもいいのに、彼は急ぐというのか。
「次は俺が鬼だな」
「っ・・・やだ、待ってって言ってるでしょう!?」
いきなり腕を伸ばしてきた神田に、アレンは驚いて飛び退った。
すぐに壁が背についたが、水平に動いて逃げ道を確保していく。
「・・・往生際が悪い」
「だから、少し待ってくださいって言ってるのに神田が無理矢理っ・・・!」
「まだ何もしてない」
「これからするんでしょ!」
うまれたての子猫が、近所の犬に威嚇しているような風景だったが、アレンは必死だ。
何もない床に躓くほど、必死だった。
「っ・・・!」
本当に、床には何もない。
それなのに見事に躓いた。
しまったと思った時には両手首が掴まれ、天井の代わりに神田を見上げていた。
気が付けば、先ほどまで神田に寄り添って寝転んでいた布団が背後にある。
バランスを取ろうとよろめく体は、呆気なく神田の下敷きになっていた。
「あ~・・・」
つい、呆けた声が出た。
「・・・神田、ほんとに僕、まだ心の準備が・・・・・・ぁ・・・」
これ以上何を言っても、神田は聞いてくれそうになかった。
しっかりとアレンの首筋に顔を埋めている。
華奢な両足の付け根には、神田の膝が楔のように立っていた。
上にも下にも、当然左右にも動けない。
「・・・やだ・・・って・・・・・・」
「違う、怖いんだろ」
とりあえず、アレンの首筋に赤い痕を残した神田は満足げに微笑んだ。
まずは第一段階をクリアした。
口先では嫌がるアレンも、既に混乱のあまり萎縮しているのか全くといっていい程抵抗しない。
見下ろす体は、弱っているようだ。
「神田・・・」
シャツのボタンに手をかけると、アレンは顎を仰け反らせた。
どんどん裸に剥かれていく自らを見たくないというのか、瞼も硬く閉じて。
ベルトも抜き去り、細身のパンツと下着を一気に脱がせ、神田は意地の悪い言葉を呟いた。
「・・・一応、男なんだな」
「ひど・・・い・・・」
気丈にも睨み上げるが、鼻先で笑われるばかりだ。
虚しい。
唇を噛み締め、薄く涙の滲みはじめた瞳を神田に向けて、アレンは神田のコートに手をかけた。
もぎ取るようにボタンを外し、神田がアレンにしたように、乱雑に衣服を奪い取った。
流石に、下着に手をかける瞬間は戸惑いの方が勝ったが・・・。
救いだったのは、アレンのもつれる手を払いのけ、神田が自ら脱ごうとしてくれたことだった。
そのあとはもう、渦潮に呑まれたようだった。
ちっぽけな闘争心に火をつけたのが間違いだった。
恐れを振り切り、半ば開き直りのように神田に挑んだアレンだったが、あまりの愛撫の激しさに目が回りそうだった。
何の前触れもなく敏感な場所ばかり攻められて、アレンの目の裏は真っ白だ。
嫌だと泣いても、神田は離してくれなかった。
「神田・・・痛い・・・・・・いぁっ・・・」
後ろの密やかな蕾に、神田の指が忍び込んでいた。
花盗人に、奪われる。
硬く目を閉じ、血の味が口の中に溢れるほど唇を噛んだアレンは涙を止めることが出来なかった。
神田の肩にしがみ付き、ひたすら許しを乞う。
「どこもかしこも、白いんだな・・・」
感慨深げなその言葉が、一体どこを見て紡がれるのか。
やわらかな茂みに、神田は指を絡めていた。
幼さの際立つ、まだ産毛のような感じだ。
その下でそっと息づくアレンの分身を、神田は愛しむように撫でた。
「あ、ぁ・・・・・・も、目が・・・回るって・・・ん・・・・・・っ」
後ろも前も攻められると、どちらに意識を集中していいのか分からない。
どちらかというと、意識などどこか遠くに飛ばしてしまいたい。
けれど、それは与えられる淫らな刺激で引き止められてしまうためにかなわない。
そうこうしている間にも、神田の唇が胸を食んだ。
押さえつけられていた両腕は解放されている。
その手は拒むためではなく、神田を求めて伸ばされていた。
今や横抱きにされ、神田の膝に座って胸を突き出している格好のアレンが何を言っても説得力がない。その口から漏れるのは、『いや』『無理』『やめて』という、拒絶の類だからだ。
神田は苦笑し続けた。
「どっちだよ」
「無理っ・・・だって、だ・・・だって、こんな・・・・・・ひぅっ・・・」
こんなにも、入り口は狭い。
神田の指を、たった1本の指を咥えただけで悲鳴を上げている。
アレンは首を激しく振った。
「好きにしていいんだろ?」
「っ・・・前言・・・・・・撤回します・・・」
「駄目だ」
馬鹿だった。
一時の欲望で突っ走るんじゃなかった。
今更、後悔していた。
「うぅ・・・ん・・・・・・」
「お前が息を詰めるからだろ・・・息を吐け・・・・・・」
噛み締めたアレンの唇に、神田はそっと舌で触れた。
血の味が酷い。
唇の端に、血だまりが小さく出来るほどだ。
傷を癒すように唇を舐めているうちに、アレンの後ろが綻んだ。
ふ、ふと途切れがちに、アレンは息を吐き出している。
「いい子だ・・・」
こんな優しい言葉は滅多に使わない。
使ったことすらないかもしれない。
記憶にないのだから。
「ぁ・・・あ・・・」
指が根元まで、ようやく収まった。
暖かい内側の粘膜を指に馴染ませるようにかき回す。
眉を寄せ、アレンは首を振ろうとした。
「・・・痛いぃ・・・・・・」
「痛いだけか・・・?」
「・・・い、異物感が・・・きもちわるい・・・・・・」
ちっとも心地良くない。
アレンの花芯は縮みきっていたし、顔には苦痛の表情しか浮かばなかった。
「・・・・・・神田・・・指・・・何か・・・クリーム・・・・・・」
ぬめりが足りない。
アレンの中に挿入するまえに、充分指はアレン自身に指を舐めさせていたのだが、なにぶん嫌々だった。
当然雑な仕事になっている。
自業自得だった。
「クリームなんて持ってねぇよ・・・」
「何か・・・何でも・・・・・・あぁ、もう・・・!」
苛立つ気持ちが分からないわけではない。
神田は惜しみながら指を引き抜いた。
クリームなど、全く使う用がない。
ただ、目の前にいるアレン自身に協力してもらうことは出来た。
縮こまった中心を掴み、まだ成長の足りていない欲の溜まり場を刺激する。
アレンは驚いたのか、目を見開いていた。
「・・・な、何・・・あ、ぁ・・・・・・い、や・・・」
「何でもって、言っただろ。」
何でもいいのか、じゃあ、これでいいか。
そう思って手を伸ばしたのに、アレンは嫌がった。
何でもいいと言った割りに、駄目なものがあるようだ。
「やぁっ・・・あっ、あ・・・ぅんっ・・・」
嫌がるからといって、手を休める気はない。
神田はアレンを強く抱き締めた。
頬に触れる髪が、汗でしっとりとしている。
相変わらず、アレンの唇は血の味がした。
愛し合うこと自体に不慣れなアレンは、キスも知らない。だから、息継ぎも上手く出来ない。
両足の間で淫らに透明な液を滲ませ始めた花芯は、ただでさえ苦しいアレンの息を余計に荒げさせた。
苦しくて、新しい涙が次々と湧いてくる。
それなのに、少しでも慣れてくると好奇心旺盛な若い体は別のものに興味を抱き始めた。
「・・・んー・・・・・・ぅん、んっ・・・ぁ、待って・・・」
唇の傷を舐め、思い出したようにアレンの舌を吸う。
神田はまるで吸血鬼のようだ。
吸われると、頭がぼんやりとしてしまう。
「・・・んふ・・・ぁう・・・・・・んん・・・」
くちゃくちゃと音を立てて、アレンは神田の舌を追っていた。
他人のものは、こんなにも知らないものであるかのように興味を引く。
舌ですら、神田のものはとても柔らかく感じた。
苦しいはずなのに。
はやく解放して欲しいはずなのに。
気が付けば自ら追いすがり、求めていた。
「ん、んっ・・・!!」
口先の小さな快楽に気を奪われているうちに、アレンは一度達した。
唇を解放され、思う様空気を吸い込む。
がっくりと力を無くし、項垂れたアレンの目には白濁とした液体をまとわりつかせた神田の手が見えていた。
随分、ねっとりとしているようだ。
「・・・神田・・・・・・それ・・・」
右手の指に精液を馴染ませ、神田はアレンの腰を少し浮かせた。
「ま、待って、待って・・・少し休ませてっ・・・!」
呼吸が苦しかった。
神田の首に強くしがみつく。
本当に、待って欲しかった。
「・・・息が・・・出来なくなります・・・・・・」
目を閉じると軽く眩暈がしていた。
アレンの背を、汚れていない左手で撫でる。
神田の目には、病的なまでに細いアレンの体が映っていた。
アレンとしては鍛えているつもりだろうが、まだまだ成長過程の体は細く頼りない。
息が整うのを待って、神田はアレンの秘所に指を潜り込ませた。
「っ・・・」
先ほどよりは滑らかに指が入る。
1本目はすんなりと根元まで飲み込まれた。
浅い呼吸を繰り返し、アレンは神田の耳に頭を寄せる。
真っ赤な手で、アジア人独特の色をした肌に爪を立てた。
「おい、痛いだろ」
「・・・何・・・言ってんですか・・・」
本来入れるためにあるわけではない器官は、いくらぬめりを借りて楽に入るようになったといっても痛みを感じないわけではなかった。
張り裂かれるようなこの痛みに比べれば、ほんの僅か肌に感じる痛みなどないに等しい。
すぐ目の横にある形のよい耳に、アレンは噛みついた。
甘噛みだった。
「やめろ、モヤシ」
気分を害したらしい神田は、無理矢理もう1本指をねじ込んだ。
「痛いっ!!」
甲高い悲鳴に、神田の指が動きを止める。
戒めにしてはあまりにも痛すぎる仕打ちに、アレンの顔は青ざめていた。
「・・・ひ、ぃぁ・・・」
裂けていた。
神田の指を伝い、血が糸を引くように流れている。
痛さのあまりに声を出せず、涙も出ない。
「・・・・・・い・・・た・・・・・・」
強張った背筋は震え、少しでも動けば悪化しそうなほどの激痛に、アレンの体は緊張した。
やりすぎたことに気づいた神田が指を引き抜く素振りを見せれば、アレンは逆に小さく叱咤した。
「動かさないで・・・・・・おねが・・・い・・・」
「・・・駄目だ」
「・・・・・・ど、して・・・・・・」
「このままでいても仕様がない。」
アレンの目に、どっと涙が溢れた。
そんな意味で『どうして』と言ったのではない。
何故、悪ふざけなどのためにこんな酷い仕置きをされなければならないのか、という意味でどうしてと呟いたのだ。
肩を震わせ、嗚咽を漏らして泣きはじめたアレンに、神田は眉を寄せた。
アレンが何を考えているにしても、このまま傷が治るまでじっとしているわけにもいかない。
「や、・・・や、ゃ・・・・・・駄目、いやっやめてっ!!」
アレンの体をきつく抱き締めて、神田は指を引き抜いた。
結局、事を最後まで運ぶことは出来なかった。
神田に背を向けて、アレンは未だに泣きじゃくっている。
「おい、うるせぇよ」
めそめそと、隣にいる神田はたまらない。
アレンが泣く原因を作ったにもかかわらず。
細い背中が震えていた。
それを見ながら、神田はシーツの端で汚れた手を拭いた。
「・・・モヤシ」
アレンが座り込む部分だけ、シーツは赤く染まっていた。
出血が酷く、よく見るとぽたり、ぽたりと血液が垂れている。
放っておいては、アレンも辛いばかりだろう。
脱ぎ散らかした衣服を手に取り、神田はそれを身に付けはじめた。
衣擦れの音に混じって、アレンの小さな泣き声が聞こえた。
「・・・・・・・・・。」
どんな言葉をかけても、返事は返ってきそうにない。
アレンの頭をくしゃりと撫でて、神田は部屋から出て行った。
その背を、アレンが見つめていた。
辛そうな、心まで引き裂かれたような表情だった。
傷薬を分けてもらった。
アレンの傷口に塗るつもりだった。
神田なりの罪滅ぼしだ。
それなのに、アレンは部屋から出て行こうとしていた。
「何してんだ」
「・・・部屋に戻ります・・・」
「馬鹿言え」
すっかり身支度も終えたアレンの腕を掴み、神田は布団の上に押し付けた。
地だまりの横に、アレンは呆気ないほど簡単に倒れこんだ。
抵抗の意思がないのかと思えば、掴まれた両腕を振りほどこうとしている。
単純に、秘所の傷が痛んで踏ん張ることが出来なかったのだ。
アレンの目には悔し涙が溜まる。
「離して・・・もう充分です・・・」
「俺は充分じゃねぇんだよ」
「じゃあ、気が済むまで犯せばいいでしょう。」
嘲笑うように言い放つ。
それが自嘲とも気付かず、アレンは唇にうっすらと笑みを浮かべ続けた。
「どうせ自分の養父を殺した挙句呪われて、今までずっと嫌われてきた身です。好きにすればいいでしょう。さっきは嫌がってたけど、分かりました。僕には優しくされる権利なんてないんだ。」
こうやって自らを皮肉っている間にも、指で引き裂かれた傷口からは血が流れている。
濡れた感触が気持ち悪かった。
「優しく抱かれて愛されたいなんて・・・少しでも期待した僕が・・・悪いんだ・・・そんな資格なんてないのに・・・・・・」
自分の口で、分かった風に言うものの、内心はそうではない。
愛されたくてたまらない。
優しくして欲しい。
神田ならば、そうしてくれる気がしていた。
鬼になりたいといったアレンのわがままを聞いてくれたから、だから、期待にも応えてくれるような気がしていた。
それは勝手な期待だったけれど、血を流したことでアレンは裏切られたと感じた。
とても、勝手に。
「好きにしたら、いいじゃないですか・・・」
涙が落ちていく。
呆気に取られる神田の顔が、もう見えない。
好きにすればいい。
その言葉に、神田はアレンのベルトに手をかけた。
一度脱がせた服を、また脱がせることになるとは神田も思わなかっただろう。手つきがぎこちなくなっていた。
今度は、下半身だけを剥き出しにされた。
両腕で顔を隠したアレンは、唇を噛んだ。
先ほどの行為で、もう嫌というほどに噛み締められた唇は腫れている。神田は唇を冷やすように一舐めしてやった。
コートの隠しから、傷薬を取り出す。
真っ白な陶器の瓶だ。
蓋を外し、中に指を突っ込む。
薄緑がかった白っぽい傷薬をまじまじと見るでもなく、アレンの両膝を掴んで胸に押し付け、傷が見えるようにした。
その何ともいえない体勢に、アレンが羞恥の極みにいるとも知らず。
長い指を駆使して、神田はアレンの両膝を固定すると、未だに血の流れる傷口に薬を塗りこんだ。
「・・・や・・・」
傷の具合がどれほど酷いのか、見当もつかない。
今見えている表面上だけで済んでいるのか、それともとてつもなく深い傷なのか。
遠慮がちに内部まで指を潜らせると、アレンの爪先が丸まった。
「・・・痛いのか」
「そんなの、どうだっていいじゃないですか!」
反抗的だ。
溜息だけを零して、神田はより深いところに指を入れた。
さすがにこれ以上傷は広がっていないだろうと思うところで、指を引き抜く。
瓶の中に、まだ傷薬はたっぷりと残っていた。
蓋をはめなおし、アレンの手に握らせる。
汚れすぎていっそ哀れなシーツで薬を拭い取り、アレンの着衣を戻してやる。
「・・・も、もう・・・終わり・・・?」
よじよじと体を起こそうとするアレンは、信じられない光景でも見るように神田を見つめた。
「傷薬だ。何度か回数を分けて塗ればいい。」
「・・・神田・・・」
アレンの体を抱き上げ、シーツを掴み取る。
シーツの下も血に汚れていた。
寝具全てが交換される羽目になっている。
アレンは申し訳ないような、半分混乱したままに神田に抱かれていた。
「畳の上に座ってろ。」
「・・・はい」
手際よく座布団を用意された。
しかも、2枚重ねだ。
大人しく座って足を投げ出しているアレンを残して、神田は新しい寝具と交換してもらうために部屋を出て行った。
悪いことをしてしまった。
今更気付いたことだが、ここは神田の部屋だ。
悲しみに暮れるあまり、神田の布団を汚していることに気付けなかった。
裏切られただの何だのと悲壮な表情をしていたが、迷惑をかけてしまったという罪悪感の方が強かった。
神田に、優しくされたからだろうか。
たぶん、あのまま本当に神田に情事を迫られていたら、シーツが汚れようが寝床を奪おうが関係なかっただろう。
傷付いて傷付いて、立ち直る代わりに鬼のようにアクマを殺していたかもしれない。
それは、八つ当たりのような、傷を埋めるための処置のような。
傷口に、ぬるぬるとした感触がある。
あまり気持ちいいものではない。
器用にドアを開けて戻ってきた神田は、新しい寝具を抱えていた。
アレンの隣に下ろして、疲れたように溜息を零した。
「・・・どうした。」
「・・・・・・はいっ?」
「いや、別に」
踵を返した神田は、再びドアを開けた。
そこにはトマが立っていた。
雑用を任されたらしい。
手にはお盆を持っていた。
お盆の上にはお茶と、お菓子の類が載っていた。
「食うか」
戻ってきた神田は、何故か甲斐甲斐しくアレンの世話をしてくれた。
「・・・いただきます」
みたらし団子を遠慮がちに取る。
神田は、直接畳の上に座った。
「あ・・・」
「いい。座ってろ。」
座布団を譲ろうとすると、そっぽを向く。
「いいんですか?」
「・・・普段使わない。」
「そう・・・ですか。」
胡座をかいた神田は、草団子を食べていた。
アレンと神田の間には、お盆が置かれている。
何となく気まずかった。
団子を口に咥えるものの、噛む気力がない。
吐き出すわけにもいかず、のろのろと咀嚼した。
「・・・・・・神田、」
まるで仕事を片付けるようにちゃっちゃと草団子を片付け、神田はアレンに目を向けた。
「どうして抱かなかったんですか?」
「・・・やって欲しかったのか」
「・・・・・・いえ・・・」
湯飲みを手に取り、神田は湯気の上がるお茶を飲んだ。
アレンの分は、ジュースだ。
皿の上にはまだ団子も残っている。
日の傾きかけた部屋の中で、黙々とふたりは食べ続けた。
そろそろ、お暇しなければ。
立ち上がったアレンを引きとめたのは、神田だった。
夕食をわざわざ部屋に運ばせてくれた上に、風呂上りにまた、傷口に薬を塗ってくれた。
世話をかけてばかりいるのは気が引けるし、何より気まずいまま引きずっている空気の中にいたくなかった。
あとは寝るだけの姿だが、アレンは部屋から出ようとしていた。
「ここで寝ろ」
「や、自分の部屋がありますから・・・」
「あの不気味な部屋か」
「・・・一応僕の趣味です。」
むくれたアレンを無理矢理押さえつけて、綺麗に敷かれた布団の中にアレンを突っ込む。
「神田っ・・・」
「悪かった。こんな怪我をさせるつもりじゃなかった・・・」
怒鳴ろうとしたアレンの耳元で、神田は小さく囁いた。
そんな風に言われては、アレンも強く出られない。
ふかふかとした毛布を掻き、アレンはひょっこりと顔を出して神田を見上げた。
「僕は・・・もう気にしてませんよ・・・」
こんなに優しくしてもらえたし、何も。
ただ、気まずいだけだ。
「・・・耳を噛んだのは、ほんの冗談でした・・・」
「分かってる。」
神田は、その冗談を少しだけ、戒めようとしただけだった。
それが予想以上の痛みと傷をアレンに与えてしまった。
不器用なりにアレンを気遣い、罪滅ぼしまでしようとしていたのだが、意思の読み取れないアレンにはただ、不安を募らせるばかりだった。
そのすれ違いの中で、今の気まずさがある。
「気にしてないから・・・もう僕に気を遣おうとしないで下さい。」
なんだか、必死な様子の神田は哀れにも見えた。
かける言葉も見つからなかった。
アレンは溜息を零す。
その隣に、神田が身を横たえた。
「寒くないか」
毛布の中で、神田の足と触れ合う。
少しだけびくりとしたアレンは、神田の顔を見上げた。
「・・・抱き締めてて下さい・・・寒いから。」
悪戯めいた笑顔に、神田は唇の端を持ち上げる。
アレンは甘えて、胸の中深くに入り込んでしまった。
結局、鬼ごっこを続けていたような気分だ。
互いの内心に触れ合うこともないまま、どちらが鬼とも決まらず。
ただ、追われて、逃げていたように思う。
腕の中にアレンを抱き締めて、神田は目を閉じた。
枕はアレンに譲っている。
今、心身ともに触れ合っている状態なのだが、どちらが捕まったのだろうか。
終ぞそれは、分からない。
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長い・・・長いぞ、今回・・・。
二つに分けようかと思ったんですが、面倒なのでつなげました。
そしたら・・・重い重い!
ただでも古くてトロいパソが極限までスローな動きで・・・。
最早私のタイピングについてこられないという・・・。
ではでは。
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