幼馴染3


 キャンプファイアーの準備に追われていた。
 男子は薪を割り、それを高く組んでいく。
 女子は木から小枝を折り、新聞紙を丸めていた。
「風、気を付けて」
 よたよたと危なっかしい足取りで、風は腕に抱えきれないほどの薪を運んでいた。軍手をしているものの、剥き出しの腕は無防備だ。
 篤志は気が気でないといった様子で、手に持っていた斧を置いた。
「手伝うよ」
「ありがと~、でも、平気だよ。」
「いいのか?」
「うん」
 笑顔だ。
 日の傾き始めた校庭の片隅で、オレンジ色の光に浮かんだ風の笑顔は眩しかった。
 篤志は目を細める。
 再び斧を手に取り、薪割りを再開した。
 大きく振り上げて、薪の上に振り下ろす。
 バカン、と大きな音がして、薪は見事に割れた。
「篤志って、薪割り上手いよな」
 水野が呟く。
「そうかな」
「プロ並。」
 笑う水野の傍で、武山は苦戦していた。
「嫌味かよ・・・」
 どうしても、斧が薪に触れる瞬間、刃がぐらついてしまうらしい。
「怖がるからだよ」
 斧という慣れない道具に、どうしても物怖じしてしまうのだろう。
 思いっきり振り下ろせば薪を割ることが出来るのだが、校庭で薪割りをしている生徒の大半はそれが出来ていない。
「難しいんだよ」
 武山は眉を寄せていた。
「武山、かっこ悪い」
「・・・・・・。」
 水野がぼそりと呟くと、武山は黙り込んだ。
 仲が良いのか、悪いのか。
「薪にある程度斧を食い込ませてから、台になってる木に打ちつけたら簡単に割れるよ。」
 実際にやって見せる。
 納得したふうの武山は、すぐにコツを覚えた。
 飲み込みが早いのだ。
 そのうち、斧だけを振り上げて薪を割るようになっていた。
「風?」
 いつの間にか視界から消えている幼馴染を探して、篤志は首を巡らせた。
 まさか、校庭で迷子になってはいまい。
 まさかと思いつつ、少し心配だった。
「風・・・?」
 声を僅かに張り、呼んでみる。
「アっちゃ~ん・・・」
 なんとも情けない声だ。
 思ったより近くから聞こえてきた。
 目をやれば、風がうずくまっている。
 どきりとした。
 腕を腹に抱え込むようにして、風は顔を伏せていたのだ。
 体調でも崩したのか、怪我でもしたのか。
 過保護と自覚していても、風の様子がおかしいと気になってしようがない。
 斧を持ったまま風に駆け寄り、篤志は地面に膝をついた。
「どうした?」
「・・・指に何か刺さった・・・」
「・・・なんだ、ビックリした」
 風の腕を掴み、手当てをしようと指で触れる。
 なんだ、と言ったものの、予想以上に大きな木の破片が手の平に刺さっていた。
 痛々しい。
 風の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
 泣くまいと堪えてか、唇を噛み締めている。
 篤志に手首を掴まれ、いつ新たな痛みに襲われるか分からずにびくびくしている風は、食い入るように手の平を凝視していた。
「・・・少し痛いかもしれないよ」
「やだ・・・」
「我慢して。このままでいいの?」
「それもやだけど~・・・」
 激しい葛藤に、風は俯いた。
 篤志の手が、優しく背を撫でてくれる。
「抜くからね」
 できるだけ、風に痛みを与えないように。
 篤志は爪の先に神経を集中させた。
 破片が入った方向と垂直に引き抜くことが出来れば大した痛みはないだろうが、少しでも左右にブレてしまえば余計な痛みを与えてしまう。
 そうなった時、風は手を振り解いて逃げ出すだろう。
 腕を振った拍子に、破片がより奥に入り込まないとも限らない。
「風、動くなよ・・・」
 背後から抱え込むようにして、篤志はしっかりと風の腕を固定した。
 情けないことなのだが、幼馴染は小さく震えている。
 その様子が愛しくもあった。
 爪が僅かに木のかけらに触れる。
「あ・・・ぁ・・・」
 この世の終焉でも見ているような声で、風は小さく唸った。
 本当に大きい。
 今は木の破片自身が止血しているが、抜けてしまえば出血は多いかもしれない。
 破片の太さは3ミリほどで、全体はおそらく3センチ程度だ。風の手の平が不自然に浮き上がっている部分が、全体の1センチぐらい。
 これで痛くなければ、大したものだ。
 だが、風は涙を零すほどに痛がっていた。
 摘んだ破片を、少しだけ引っ張ってみる。
 風の体が縮んだ。
 少しずつ、少しずつ引っ張った。
 ふたりは気付いていないが、辺りから視線が集まっている。
 昨日に続いて注目の的になっていたが、今回は様子が違う。
 心配そうに、あるいは何かあったのかと模索するように。
 教師が声をかけてくるが、篤志も風も答えなかった。
「アッちゃん・・・」
 ずっと引っ込めていた首を伸ばして、風が篤志の顎に額を押し付けた。
 仰け反るようにして慰めを求めてきた風に、微笑んでやる。
「もうすぐだよ」
 半分ほど、抜けていた。
 しっとりと湿った木の破片に、生々しく血が付いている。
「一気に抜いてもいい・・・?」
「やだっ・・・!」
 やはり、痛いか。
 じくじくとした痛みを与え続けるよりも、一瞬だけ大きな痛みを与える方が楽かと思ったが、風は嫌がっていた。
 ふと顔を動かすと、教師たちが何かを言っていた。
「大丈夫なのか?」
「・・・・・・あの、消毒液とか、治療に使える道具をもってきてもらえますか?」
 遠慮がちな声に、ひとりの教師が走り去った。
 保健医もこの行事に参加していたのだが、夕食の材料を買うために数人の生徒たちと出ていた。
 専門家のいない状態だった。
 視線を風の手元に戻し、もう一度引っ張る。
 野次馬と化した生徒たちの間から、「うわ、痛そう・・・」と声が上がっていた。確かに、痛々しいし、グロテスクでもある。
 放送される事故直後の人間にモザイクがかけられる理由が分かる気がした。『刺さる』というビジョンが、ここまで死を感じさせるのも珍しい。
 風の負った傷は小さい部類に入るのだろうが、直視することが出来ない生徒もいるほどだった。
 少しだけ、先ほどより力を入れて引っ張った。
「や・・・やめてよ・・・や、だ・・・っ・・・」
 違う動きを感じ取った風は首を振る。
 ぼろぼろと涙を零した。
 このままでは、暴れて逃げ出しそうだ。
 あと少しで抜けそうだというのに。
 篤志はやむを得ず、一気に破片を抜き去った。
「いった・・・ぁ・・・・・・」
 甲高い声で泣き、より一層体を強張らせる風を、篤志は強く抱き締めた。
「よくできました。抜けたよ」
 泣き続ける風の目の前で、血をまとった破片をちらつかせる。
 涙越しに見える破片は大きかった。
 担任教師の持ってきた救急箱から消毒液とガーゼ、小さなペットボトルのような容器に入った水を取り出し、傷口を洗ったあとでガーゼを使い消毒した。
 消毒液がしみる痛みに、風は体をもじもじと動かしていた。
 清潔な新しいガーゼを傷口にあてがい、傷薬をガーゼの上から塗りこむ。容赦ない篤志の動きに、風は歯を食いしばった。
「痛い?」
「・・・アッちゃん馬鹿・・・痛くないわけないでしょ・・・」
 涙を浮かべて睨んでくる風に、苦笑するしかない。
 包帯を慣れた手つきで巻き、専用のクリップで固定した篤志は、風の手をぽんと叩いた。
「終了」
 風はぼけっとした顔で篤志を見上げている。
 篤志の気付かないうちに集まっていた人々は、ふたりを囲むように輪を作っていた。その中から、必死の様子で保健医が出てくる。
「誰か、怪我したって!?」
 ずれた眼鏡を押し戻しながら、乱れた着衣を気にすることもなく近づいてくる。
「先生、おせぇよ」
「篤志が手当て済ませたよ。」
 武山と水野が声を上げる。
 それを皮切りに、周囲は篤志の予想外の活躍に盛り上がりはじめた。
「見てもいい?」
 風の前に膝をついた保険医は、断ってから風の手を取った。
 包帯の巻き方や、傷のある箇所に触れ、篤志から手当ての様子を聞きながら頷いている。
「誰かに教わったの?」
「父から。」
「お父さんは、医師をやってるのかい」
 感心しながら風の手を離し、保健医はにっこりと笑った。
「いえ、昔から鈍くて鈍臭い人だったので、怪我も多かったんですけど、これだけ怪我をするなら治療も出来ないといけないって思ったらしいです。」
「それじゃあ、独学?」
「ええ。暇な時は医学書とかけっこう読んでましたよ。」
 ひとしきり唸った保健医は、篤志の父親に興味を持ったらしかった。
 風は自分の手を見つめる。
 怪我をしたのは、利き手である右手だった。
 不便だ。
 篤志が治療してくれたものの、やはり何かが触れれば痛みは走るし、何をするにもおっかなびっくりになってしまう。
 それでも、篤志が手当てしてくれたという事実は嬉しかった。
「アッちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。」
 篤志に抱き上げられるようにして、風は立ち上がる。
 涙で濡れた頬を、篤志の手が拭ってくれた。
「今日はもう、何もしない方がいい」
 右手を指差して、篤志は忠告した。
 むくれる風に構わず、篤志は校庭の隅に風を押しやる。
 体育館の屋根の下に、風は座らされた。
「アッちゃん・・・」
「危ないから、そこでじっとしてな。」
「でも・・・」
 校庭では、キャンプファイアーの準備と平行してバーベキューの準備も始まっていた。
 鉄の串に食材を刺したり、炭に着火したり。
 よく見ていれば、どの作業も手を使う。
 それも、利き手。
 当然のことだが、今の風には何も出来ないし、何かやったとしてもまともにはこなせない。
 言ってしまえば役立たずというか、足手まといになるばかりだった。
 それが嫌で、風は篤志に縋ろうとする。
「俺、何か出来ない・・・?」
「何かって・・・」
 何かと言われても、何も。
 生徒たちは皆、体操服かジャージを着ていた。
 篤志はジャージを着ている。
 風は我が道を突っ走り、Tシャツ姿だ。
 伸縮性に優れるジャージの端を掴み、風は心細げな表情をした。
「休んでるといい。」
「でも・・・いやだ・・・」
 風はぐずった。
 篤志は困り果ててしまう。
 よりによって利き手の、更に手の平に傷を負った風に何ができると言うのだ。
 何も出来やしない。
 ここは大人しくしていて欲しいのだが、言うことを聞くとも思えない。
「何でもいいから」
 体育館から校庭に下りる短い階段の上で、風は篤志を見上げながら懇願する。思いっきり寂しそうに、健気な表情で。
 篤志がこの表情に弱いことを知っているから。
「キスでもしてやれば~?」
 誰かがはやしたてた。
「何いってるんだよ!」
 驚いた篤志は声を張り上げる。
 びくりと肩を竦めた風に、篤志は小さく謝った。
「いや、風が嫌いだからってわけじゃないから・・・」
「・・・そう?」
 どうかな。
 疑いの眼差しを送ってくる。
「じゃあ、風はキスして欲しかった?」
 問い掛けると、風は胸を張った。
 無邪気な笑顔で頷く。
 予想していた答えなだけに、脱力してしまう。
 がっくりと力をなくした篤志に向かい、風は身を乗り出した。
 異様に顔が近い。
「・・・風?」
「してくれたら、ここで待ってる。」
「風!」
 何を言い出すかと思えば、そんなことを言う。
 風の笑顔が、少し怖かった。
 篤志にキスをねだる風といえば、してやったり、という気分だろうか。
 困っている表情を眺めながら、風は笑みを深める。
 篤志のことが大好きなのだ。
 恋愛的な感情ではないということは明確だったが、好きで好きでたまらない幼馴染だから、キスでも何でもして手に入れたいという独占欲があった。
 風の考えには、真意というものがない。
 言う事そのものが真意なのだ。
 素直だから、直球的になる。
 だからこそ断りにくいというか、何というか。
「風・・・やめよう、そういうこと。」
「何で?」
 小首を傾げる風に、篤志は諭すように説いた。
「人前でやることじゃ、ないんだよ」
「じゃあ、こっそり。」
 風は退く気がない。
 立ち上がると、篤志の腕を抱いて歩き始めた。
 体育館の壁沿いに歩き、篤志が渋面を作るのも無視して風はさっさと歩き続ける。
「風!?」
 体育館の裏は倉庫になっていて、倉庫と体育館の間にある細い通路には砂が敷き詰めてある。
 しかし、伸び放題の雑草は我が物顔で繁茂していた。
 ちょっとしたジャングル並だ。
「・・・アッちゃん」
 側溝には蓋がない。
 その細い溝を乗り越え、ふたりは体育館の影に身を寄せた。
 人目は全くないが、小さな虫が飛び交っている。
「風、虫がすごいぞ。」
「うん。ちゃっちゃと終わらせようね!」
 元気よく笑った風は、篤志の両肩を体育館の壁に押し付けた。
「風・・・」
「アッちゃん、キスして。」
 大胆な行動をしたかと思えば、自ら仕掛けずに口付けを待っている。
 躊躇いがある。
 とても。
 だが、人目は全くない。
 少しぐらい、つまみ食いも良いのではないか。
 風の頬に手を添えると、小さな少年は大きな瞳を瞼の下に隠す。
 罪悪感が、ないわけではない。
 ずっと一緒にいた幼馴染だ。
 兄弟のようなものなのに。
 手を出していいものか。
「あ、蚊が・・・」
 キスの間際、風の首筋に蚊がとまった。
 指先で払うが、目を移せばそこらに蚊がいる。
 こんなところで押し問答をしては、虫刺されの傷が増えてしまう。
 篤志はさらうように口付けた。
「行こう、虫が多すぎる。」
「あ、アッちゃん!」
「今回はこれで勘弁して。」
 風の手を引いて、篤志は足早に歩き出す。
 残念がる風の声が、後ろから響いていた。
「アッちゃん!」
「風が蚊に襲われるだけだぞ、そんな薄着で!」
「・・・あ、うん・・・」
 半袖の腕を見下ろして、風ははにかんだ笑みを浮かべた。
 篤志が心配してくれた。
 いつも心配してくれるが、その度に嬉しくなる。
 頬が緩みっぱなしの風に、篤志は気付いていなかった。
「アッちゃん、またキスしよ。」
「はいはい、また今度ね。」
 篤志のそんな返事も、風にとっては嬉しい言葉だった。

 篤志と近くの公園まで遊びに行くことになった。
 キャンプも終わり、夏休みの一大イベントが消えた今、夏休みの課題というものを無視して風は『暇』を持て余していた。
 さすがにもう公園で遊ぶような歳でもないのだが、暇で暇で仕方がない。
 いつものように篤志に手を引かれながら、木陰を選びながら公園を目指した。
 陽はまだまだ高い。
 あまりの暑さに、この好天でも外に出る人はいなかった。
「アッツ~・・・」
 ペットボトルを口に咥え、風はぼやく。
 篤志は団扇でぱたぱたとせわしなく風を扇いだ。それも振り向きながら。
「はい、アッちゃん。」
 お返しに、風はジュースを分ける。
「ありがとう。」
 泡立つ透明な液体は、篤志の焼けた喉を潤した。
 ふたりの歩く道の両脇には、街路樹が植えられていた。歩く者に涼を分け与えるが、焼け付くアスファルトの前ではあまり役に立たない。
 その街路樹も途切れ、ようやく公園にたどり着く頃には汗が首筋を流れていた。
「・・・もう疲れた・・・」
「うん・・・」
 篤志の呟きに同意し、風は公園の中央にある水道に駆け寄った。
 蛇口を目いっぱいひねり、真上に噴出す水を頭から浴びる。
「こら、風・・・。」
「アッちゃんも浴びる?」
「それは水を飲むためにあるんだよ」
「飲んでるよ!」
 空に向かって口を開き、雨よりも大粒の水を飲む。
 始めは温んでいた水も、今では冷たくて気持ちいい。
 髪に指を通して頭皮まで水を沁み込ませている風は、篤志を見つめた。
「暑くない・・・?」
「暑いよ。」
 首を傾げ、更に問う。
「来ないの?」
 水のかからない場所で立ち尽くしている篤志を誘う。
 だが、彼は遠慮した。
 木陰のベンチに歩いていく。
「気持ち良いよ?」
「見てたら分かるよ。」
 既に風はびっしょりと濡れそぼり、水色のTシャツは肌にぴったり張り付いていた。
 噴水のように噴出し続ける水の中で、風は首を傾げては難しい顔をする。
 そんな姿を横目に、篤志はポケットからデジカメを取り出した。
 風に向けて構え、迷いもなくシャッターを切る。
「あ、カメラ」
 すぐに気付いた風は、水道の蛇口を閉めて駆け寄ってきた。
「買ったの?」
「父さんが貸してくれたんだ。」
「へ~・・・」
 銀色で小さいカメラはまだ新しく、傷一つないボディは艶やかだ。
 濡れた手で触れるわけにもいかず、風はただ見つめていた。
「これ、難しいの?」
「そんなことはないけど・・・風も使う?」
「・・・いいよ、壊れる。」
 両手を見つめ、残念そうに呟く。
 濡れた手を拭おうにも、身につけているものは全て濡れているために当然、拭けるものは持っていない。
 しかし、風の手をとった篤志はあろうことか濡れた手にカメラを握らせた。
「!」
 おっかなびっくり篤志を見、その後でカメラをじっと目詰めた風は動けない。少しでも動けば、手の平を動いた水滴がカメラを壊してしまうような気がした。
 その心配は、無駄なものだったが。
「これ、防水カメラ。」
「・・・あ、そうなんだ・・・」
 ほっとしたような、疲れたような。
「それより風。」
「へ?」
 改めてカメラをまじまじと見つめる風に、篤志は困ったように笑った。
「写真。夏休みの思い出も、写真を撮って提出しないと。」
「あ!」
「・・・そんなことだろうとは思ってたよ。」
 すっかり忘れていた。
 忌々しい夏休みの課題。そのひとつ。
 けれど、写真を撮るのは楽しそうな気がした。
「何枚だっけ・・・?」
「10枚以上。ファイリングして提出。」
「10枚かぁ・・・何を撮ろうかなっと。」
「俺はあと最低でも9枚。」



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