オリジ愛玩動物
愛玩動物
薄汚いな。
それが率直な感想だった。
冷たい人間だとか、嫌味だとか、そういうのではなく。
「……。」
誰が見ても、薄汚れていた。
前日の雨のせいで、箱の中は水浸し。
ダンボールのようなモノの中ではなく、プラスチックケースの中は排水もなくプール状態だ。
そんな中で、仔猫は首だけを出していた。
網状の蓋をされているため、仔猫は外へ出られない。
必死に首を水上へ突き出している。
道行く人々が誰も興味を示さないというのに、彼はその黒い仔猫から目が離せなかった。
金色の目は大きいが、力がない。
そんな仔猫のどこに惹かれたのか、分からない。
ただ、ひたすらに哀れで、気になった。
会社帰りのスーツ姿で、彼はプラスチックケースに歩み寄る。
しゃがみ込むと、仔猫と目が合った。
鞄を太腿と腹の間に挟み、両手で蓋を開ける。
とたんに黒い仔猫はばしゃばしゃと水を掻きはじめた。
それは生きる姿に満ちた、活気溢れる様だった。
愛玩動物。
本来はペットの意味だが、25世紀の世にはその意味は深く残っていない。
今では、愛玩用の獣人という意味だ。
愛玩動物は獣と人の、中間の姿をしている。
ポピュラーなのは猫と犬。
彼らは、この世で最も人に近い扱いをされる生き物だ。
つまり、彼らは人並みの扱いをされているわけではない。
それなりに虐げられもするし、犬猫のように扱われる。
法は彼らを、『ある程度』しか守ってくれない。
だから、黒い仔猫のように捨てられることがある。
「…よく食うな。何日食ってないんだ?」
ダイニングテーブルに頬杖を突き、問う。
黒い仔猫は、勢いよく食事を平らげていた。
「……ずっとです…ずっと…」
数え切れないほど。
雨水や、人の好意でたまにもらえるパンなどを食べて飢えを凌いでいた。
それも限界に近かった。
「名前は?」
「ありません…」
口の中にある食べ物を飲み込み、仔猫は鶏肉のソテーを頬張った。
嬉しそうに噛んでいく。
その姿を見ているうちに、今は好きなだけ食べさせてやるべきだろうと思った。こんなにも空腹らしいのだから、邪魔をしては悪い。
仔猫を優しい眼差しで見守る彼は、鬼門真人(たまかど まひと)という。25歳の会社員で、そこそこいい暮らしをしている。
冷たいと思わせるほど整った美貌、すらりと均整の取れた長身に、低く男らしい声。彼が産まれ持った才能は、他に類を見ない『美しさ』だ。
彼自身は、その事に気付いていない。
真人が自覚している自分の特徴は、少し手が大きいこととお人好しということぐらいだろうか。
「…っはぁ……ご馳走様でした!」
満足げな表情で、仔猫は笑った。
ぼんやりと仔猫を見ながら考え事をしていた真人は、はっとして顔を上げる。
「…ああ、お粗末様」
唇だけで笑った真人に、仔猫は物言いたそうな顔をした。
テーブルの上に乗っている食器は、綺麗になっている。
もしかしたら、まだ足りないのだろうか。
そう思っているうちに、仔猫は口を開いた。
「…あの…お名前、教えてください…」
「……俺の?」
言ってから、間抜けなことを聞き返したと後悔した。
他に誰の名前を聞くというのだ。
眉間を押さえ、真人は口を開く。
「鬼門真人だ。」
「んっと…じゃあ、真人さま。」
――さま…。
真人は眉を寄せた。
他人に『さま』と呼ばれるのは好きではない。たとえ、相手が愛玩動物であってもだ。真人は首を横に振った。
「真人でいい。」
「でも…」
「真人、だ。『さま』なんて付けたら追い出すからな。」
「っ…はい……」
真人の言葉に、仔猫はびくりと震えた。
またあんな目に遭うのは嫌だ。
もう雨に濡れ、飢えに苦しみたくない。
ぎゅっと目を閉じ、仔猫は硬くなってしまった。
無神経なことを言ってしまったことに気づき、真人も気まずそうにする。
「いや…追い出すっていうのは、言い過ぎたな…悪い。」
「…いえ……気にしてませんから……」
明らかに気にしているではないか。
だが、それを言う気にはならない。
何かを言わなくては。
使命感のように、真人は思った。
沈黙がダイニングを覆っているのだ。
この空気はどうにかするべきだろう。そうでなければ、仔猫が泣きそうな顔をしている。泣かせたくない。
真人は無理に口を開いた。
「そうだ、名前を考えたんだ。」
いいタイミングで思い出した。
そういえば、先程まで仔猫の名前を何にするかで悩んでいたのだった。
咄嗟に思い出して安心した。
「名前ですか…?」
仔猫の耳が、ぴくんと反応する。
興味はあるようだ。このまま話に乗って欲しい。
「そう、お前の名前だ。」
「ボクの…」
顔を上げた仔猫の頬に、朱が射す。
「なるみだ。」
「なるみ…」
仔猫は小さく復唱した。
どういう意味の名前なのか、気になる。
そんな顔をしていた。
「愛される海、という字を当てる。」
仔猫の髪は深海のような、深い黒をしていた。
だから、海をイメージしたのだろう。
とても美しい印象が濃く、強く残った。
オスの仔猫に『愛海』はおかしいだろうか。
そう思いもしたが、それ以外に何も思い浮かばなかった。
「…嫌か?」
「嫌じゃありません!!」
問うと、驚くほどの勢いで抗議する。
その顔は真っ赤で、目は潤んでいた。
「あ…ごめんなさい…でも、嬉しいです……」
深く俯き、仔猫は唇に淡い笑みを浮かべる。
気に入ってくれたようだ。
「じゃあ、愛海でいいか?」
「…はい……愛海がいいです。」
そっと顔を上げた仔猫は、嬉しそうに微笑んでいた。
一般的に、ペットと愛玩動物は別のモノとして分類される。
ペットは犬や猫、はたまた鶏や亀、虫などだが、愛玩動物は人工的に作られた生物のことをいう。それも、毛色だけではなく、異種族間の遺伝子配合という面倒な遺伝子操作をして人工的に作られた生物のことだ。
ペットと違い、愛玩動物は役に立つこともあり、人気が高かった。
だが、ペットも愛玩動物も、飼う為に必要な事がひとつある。
それは、飼育申請だ。
ペットや愛玩動物を捨てたり、世話を放棄しないよう、飼う為には届出をしなければならない。死んだ時にも、それは必要だった。死亡通知が必要だ。
その日は近くの総合支所まで、飼育申請を行うために足を運んでいた。
スーツを着た真人の隣には、愛海が申し訳程度のリードを付けられて寄り添っている。
窓口で用紙に記入している真人の傍らで、愛海は背伸びをして手元を覗き込もうとしていた。
「捨て猫ですか?」
「ええ…」
ペンを走らせながら、真人は答える。
窓口の職員は、愛海に飴をくれた。
「ありがとうございます…」
食べた事のないものだ。
愛海はそれをポケットに入れた。
「じゃあ、報奨金が出ますのでこちらの用紙にも記入お願いします」
「…報奨金ですか…?」
ペットにも愛玩動物にも縁遠かった真人は、ペンを止めて顔を上げた。
「捨て猫や捨て犬を飼うことになった飼い主に、報奨金が出るんです。」
「知らなかったな…」
愛海も頷く。
報奨金ということは、お金が貰えるという事で、それはつまり…。
「愛海はお金を運んできたんですね…」
「そうだな。」
噛み締めるように言うと、真人は愛海の頭に手を置いた。
愛海はきょとんとするばかりだった。
銀行から貯金を下ろし、愛海のために必要なものを買った。
それを、愛海は申し訳なく思うらしい。
「…真人さま、愛海、たくさんお手伝いします。」
恩を返そうとでも言うのか、愛海は必死だ。
「別に手伝ってくれなくても、忙しいわけでもないしな」
家路を辿る道中、ふたりの腕には荷物が沢山抱かれている。
夕陽を受けて、愛海の髪が不思議な色に染まった。
「でも…愛海は役に立ちたいです…」
歩きながら、愛海の耳と尻尾が垂れていく。
哀しそうな表情に、真人は少しだけ、愛海に近づいた。
肌が触れそうな距離だ。
気付いた愛海が見上げてくる。
「じゃあ、背中でも流してもらおうか。」
苦手な笑みを浮かべて、真人は愛海の目を見つめた。
愛海は真人に、頭を寄せた。
嬉しい。
こんなに、優しくしてもらえるとは思わなかった。
とても、嬉しい。
真人の男らしい腕に、愛海の頬が触れる。
そのまま、少しだけ歩きにくかったが、ふたりは離れず家に帰った。
愛海はずっと、笑っていた。
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黒猫飼いたいという私の願望が滲み出ている作品です。
これは、どうしようかなぁ、と考えています。
続けてもいいですし、このまま終っても変じゃないですし…。
誰かひとりでも、この作品の続きを読みたいと思ってくださる方がいらっしゃれば、続けようと思います。
一応、ストーリーは頭の中にあるので(笑)。
その場合はコメントで、伝えてください。
ご意見・ご感想は以下まで。
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ぜひ!続きが読んでみたいです! 応援してます by梨織 at2009-06-16 17:56:17
昔飼っていたうちの猫を、思い出しました・・・うわーん! byこはるん at2009-06-23 20:42:13