オリジ息子3


息子



 宗治は滅多に離れから出てこない。
 炬燵か毛布に懐いていた。
 できれば自分に懐いてもらいたいなどとしょうもないことを思いながら、車を運転する。
 保健所から、家に向かっていた。
 後部座席には、ケージに入った柴犬がいる。
 宗治に世話をさせようと思い、保健所から譲り受けた。
 犬の世話をすれば、否応なく外に出ることになる。
 少しは健康的な生活を送れるだろう。
 ただ、何の変哲もない柴犬ではつまらないと感じ、やけに大きな柴犬を選んだ。体重は30キロ程度らしい。
 いわゆる肥満犬だ。
 駐車を終え、とりあえずケージから出した犬を物置に入れておいた。
 その足で離れに向かい、縁側から部屋に上がる。
 突然現れた芳隆の姿に、宗治は面白いほど驚いていた。
「何…何の用?」
「ちょっと、おいで」
 炬燵で温もっていた宗治を、手招きする。
 嫌だという感情を隠しもしないで、宗治は体を丸めた。
「何で」
「少しぐらい外に出ないと。」
「何のために」
「不健康な生活は良くないからだ。」
「……うるさいなぁ…」
 渋々と炬燵から抜け出し、いつの間にか縁側に置かれた下駄を履いた。
 用意のいい父親だ。
「犬を貰ってきたから、世話をしなさい」
 いきなりそんなことを言う。
 宗治は眉を寄せ、小さく唸った。
 先を行く義父の背を追い、空を仰ぐ。
「犬?」
「そう。散歩と餌やりと、ブラッシング。」
「はぁ……」
 大きな溜息だ。
「あの犬、少し太りすぎだからな。ダイエットさせようと思って。」
「え~…」
「目標は一応、マイナス5キロぐらいかな」
「そんなに?」
 芳隆の後ろをノロノロと歩く宗治は、面倒臭そうにしていた。
「犬、嫌いか?」
「……好きだよ」
「じゃあ、頼むよ」
 行き先を告げないまま、芳隆は歩いていく。
 宗治がやけにそわそわとし始めたのは、物置に近づいた頃だった。
 どんなに話し掛けても、「うん」「まあ」と実の入らない返事ばかりする。どうしたのかと振り向くと、俯き加減の宗治は落ち着きがなかった。
 砂利を踏み締め、2段ほどの石段を上がる。
 その先には、木造の物置がある。
「っ……」
 僅か後ろに立つ宗治が息を呑んだ。
「どうかしたか?」
「…何でもない…」
 いつもの返事だ。
 何でもないわけがないくせに、そう言う。
 立ち止まった芳隆の手は、もう物置に伸びていた。
 宗治を気に掛けながらも、とりあえず取っ手を引こうと力を込めた。
「…ダメっ…!」
 その腕を宗治が掴んだ。
 戸惑うほどの力で、芳隆を引っ張って物置から離れようとする。
 叱るような大声で叫んだかと思えば、今度は暴力的な力で芳隆を石段から降りさせる。
「宗治?」
「嫌だ、おじさんっ…」
「…お前…」
 宗治の顔は真っ青だった。
 膝も震えている。
 爪が食い込むほどの力で、芳隆の腕を掴んでいた。
 体全部を使って、宗治は物置から芳隆を遠ざけようとする。
 芳隆の腕を掴んだまま、頭や肩でぐいぐいと押してくる。
 圧迫される胸に、芳隆は困惑を隠せなかった。
 何をそこまで必死になっているのだろう。
「分かった、分かったから。」
 抱きつくように芳隆を押し続ける力が、ふと緩んだ。
 だが、体は小刻みに震えたままだ。
 細い体を抱きしめて、芳隆は物置から離れた。
 縋りつく眼差しに、折れるほかない。
 震えが止まらない体を、撫でさすった。
 細い髪を梳くと、宗治の震えが僅かにおさまる。
 両手で頬を包み、額に唇で触れた。
 嫌がるかと思ったが、予想以上に大人しい。
 落ち着きを取り戻すには、少しだけ時間がかかりそうだ。
 寒い中、芳隆は宗治を抱きしめ続けた。
「…どうした、宗治」
 優しく声をかける。
 冷え切った頬を撫でると、宗治は辛そうに目を細める。
 そして、首を振り、俯いた。
 その姿は以前にも増して痩せ細り、痛々しいぐらいだった。
 額に触れても、熱があるわけではないが、調子は良くないようだ。
「宗治、お前、本当は犬が嫌いなのか?」
 覗き込むように顔を近づけると、宗治は顔を背けたあとで首を振った。
 実のところ、予想していた反応だった。
 宗治は唇を噛み締める。
 別に嫌いではない。
 本当に、好きなのだ。
 ただ、あの場所には近づきたくない。
 そのことを芳隆に伝えられたら、どんなに楽だろう。
 けれど、それは出来ない。
「気分が…悪い……」
 深く深く俯き、宗治はふらりと歩き出した。
 芳隆と触れ合っていた部分の温もりを、離れてから感じた。
 肩や背が、寒い。
 葉が落ちきり、枝に雪を抱えた庭木の様が、余計に寒さを感じさせる。
「宗治、」
 困ったような声が追ってくる。
 宗治は一度だけ振り返り、そのまま離れに消えた。
 残された芳隆は、まさしく取り残された気分だ。
 物置を一瞥し、深く溜息を零した。

 離れに戻った宗治は、炬燵に潜り込んでいた。
 枕を抱き、うつ伏せの状態になっている。
 その肩は大きく揺れていた。
 嗚咽が湧き上がる。
 芳隆の気遣いが嬉しかった。
 それを素直に受け取れないことが、辛かった。
 夜毎に宗治の元に訪れる大きなネズミ。
 それに脅されていた。
 自らの存在を芳隆に明かせば、芳隆を殺す。
 そんなことは許せなかった。
 だからと言って、自らを犯す男に抗う力を持っているわけではない。
 圧倒的な体力の差。
 それに加えて、宗治が抵抗できない理由が他にもある。
 芳隆に甘えることが出来ればいいのに。
 彼はあんなにも優しい。
 気にかけてくれる。
 心配してくれる。
 何より、不器用なりに必死で自分のことを理解しようとしてくれている。
 応えたかった。
 もっと、親密な関係を築いていきたかった。
 涙が枕を濡らす。
 静かな部屋で、宗治は独りでむせび泣いた。



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お腹すきました・・・。
ぐるぐる鳴ってます。
お菓子食べたい。
ではでは。



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