オリジ息子2
息子
裏庭に立ち、竹刀を振った。
強く、大きく。
型は滅茶苦茶だったが、妻が剣道の型を重要視していたようには思えなかった。だから、ひたすらに振った。
庭に穴を掘り、そこに丸太を埋め、適当に使っていない毛布で巻いたものを的にした。
信じられないほどの衝撃を、手から肘の辺りまで感じたこともあった。
しかし、今ではすっかり慣れている。
衝撃の逃がし方から、必要最低限の動きで強い威力を発揮する方法。
ただ、的が動かない分、張り合いはなかった。
それでも竹刀を振り続けた。
宗治が高校を退学した。
それを責めはしないが、部屋にこもりきっていては健康的ではない。
朝食を離れに運ぶ間、宗治がこの先どうなるのかが気になった。
就職するつもりはないのだろうか。
結婚するつもりもないのだろうか。
このままこの家にいてくれるのか、それとも出て行ってしまうのか。
「宗治、起きろ」
食事の載った盆を炬燵の上に置き、眠っている宗治に声を掛ける。
普段からワイシャツを好んで着ている宗治の胸元がはだけていた。
しょうがないな、と手を伸ばし、宗治に触れる。
シャツの胸元を合わせ、ボタンを留めてやった。
真白い肌だ。
その肌に、赤い斑点が散っていた。
胸や首筋に集中している。
「……宗治?」
アレルギーだろうか。
それにしては、うっ血の痕にしか見えない。
指で触れると、宗治は小さく唸った。
「…ん……っ…」
薄く目を開いた。
視線が絡み合い、少しの間眩しそうにしていた宗治が勢いよく飛び起きる。
慌てた様子で体を抱きしめ、きつく睨みつけてきた。
「宗治……」
「……何…」
ボタンが留まっていることを、指先で触れて確認した。
その瞳は抜け目なく、父親を見つめている。
「いや、なんでもない。」
明らかに、赤い斑点を気にしているようだった。
触れられたくないのだろうか。
芳隆は自ら退いた。
何故か、胸騒ぎがした。
宗治はおそらく、胸や首筋に散った赤い斑点の事を気にしていた。
反射的に隠そうとしていた。
あそこまで激しい勢いで、隠したいものだろうか。
一体、どうしたと言うのだろうか。
一瞬、辛そうな表情がよぎったようにも見えた。
宗治が何を考えているのか分からない。
何が起きたのかも。
まったく、分からなかった。
夜中になると、大きなネズミが忍び込んでくる。
宗治は暗闇の中、毛布に包まって息を潜めていた。
冬の夜は静かだ。
雪が音を飲み込む。
そのせいで、誰かが廊下を歩くと、必要以上に大きな音がした。
ミシ、ミシ、と、廊下がきしむ。
宗治は体を小さく丸めた。
また来た。
大きなネズミが。
ネズミは宗治を求めてやってくる。
宗治は逃げることが出来ない。
ただ、ネズミが去り行くのを待つことしか出来ない。
障子が開いた。
月の光が細く伸び、部屋の中に忍び込む。
長い夜が、始まった。
最近宗治が痩せてきた。
食事は残さず食べているというのに。
体調が悪いのかもしれない。
その日は、市販の風邪薬を一包、食事に添えた。
食材にも気を遣った。
できるだけ、加熱には時間を掛けた。
「…宗治」
離れの小部屋に入ると、宗治は炬燵の中にいなかった。
珍しく布団に入っている。
その肩が、毛布から覗いた。
裸のようだ。
辺りにパジャマが散らかっている。
下着も付けていないようで、パジャマの上に落ちていた。
盆を炬燵の上に置き、パジャマと下着を拾った。
ついでに炬燵のスイッチを入れておく。
どうしたことだろう。
普段、こんなことはない。
深い眠りに落ちているのかまったく反応のない宗治を、芳隆はそっと抱き起こした。せめて下着ぐらいは履かせてやらねば。
つい、目が体のラインを辿った。
赤い斑点。
それが、また散っていた。
以前よりも多い。
それは首筋から下に、蛇行するように下っていた。
執拗に胸を赤く飾り、脇腹、腰骨、あろうことか柔らかな太股にまで、赤い色は存在した。
嫉妬心だろうか。
頭の中を血が素早く巡り、顔が熱くなっていた。
何故こんなにもムカムカするのか分からなかったが、とにかく赤い斑点が憎たらしく思えてならなかった。
華奢な宗治の両足に下着を通し、引き上げる。
パジャマに袖を通させる間、何度か宗治は身じろいだ。
髪をかき上げ、頭を撫でてやるとしっとりと湿っている。
汗をかいていた。
背中も汗に濡れていた。
手の平で汗を拭っていると、宗治が鬱陶しそうに腕を動かした。
その頃には、既にパジャマを着せ終えていた。
宗治の目が開いていくが、またうとうとと閉じていく。
体に触れる芳隆の温度が心地いいのだろう。
寒い空気に晒されて冷えた汗が、宗治から体温を奪っていた。
宗治は甘えるように、芳隆の脇腹にもぐりたがった。
寒そうだ。
食事を摂らせようと思っていたが、しばらく炬燵の中で温もらせてやることにした。ぐずる体を、毛布から引きずり出して炬燵の中に足を入れてやる。
宗治の手が、芳隆のセーターを掴んでいた。
異常だ。
あまりにもおかしすぎる。
何がどうなれば、あんなうっ血の痕が体中を這い回るというのだ。
パジャマだって、最近毎朝のように乱れている。
気になって仕方なかった。
何かあるのではないか。
そう思い、夜中に宗治の眠る離れへ向かってみた。
床のきしむ音が響く。
離れへの渡り廊下を歩いていると、きしむ音に混じって別の音が聞こえだした。人の声だ。
立ち止まり、耳を澄ませる。
冬の凛とした空気の中に、宗治の喘ぎ声が響いていた。
ざわめく胸を抱えて、離れに入る。
廊下から、障子越しに声を掛けた。
「…宗治、大丈夫か?」
「あっ……!」
とたんに、細い喘ぎ声がびくりと大きく震えた。
思わぬ来客に驚いたようだ。
言葉を探しているのか、何も言わない。
「宗治?」
障子の向こう、部屋の中では、宗治が背後から抱きすくめられていた。
細い背中には、大きな黒い影が覆い被さり、宗治の自由を呑み込むように奪っている。涙を零す宗治は唇をわななかせた。
「……な…何でもない……大丈夫…」
「でもお前、苦しそうだぞ、」
荒い吐息の合間に紡がれる声に、芳隆は眉を寄せた。
「平気……」
「宗治、」
「っ…ほっといて!」
吐き出された言葉に、芳隆も強く出られない。
気になって仕方ないのだ。
そのことを伝えても、宗治は頑なに拒んだ。
嗚咽交じりに。
「…分かった。おやすみ」
本当は、何でもないという言葉に納得したわけではない。
何かあるのではないかと、心配している。
それでも、あそこまで拒絶されては追及できなかった。
自慰でもして、堪えきれない声が漏れ聞こえていたのだろう。
無理矢理、そう思うことにした。
翌朝は、すっきりしない天気だった。
燦々と晴れたり、どんより曇ったり。
その日の朝は、宗治のパジャマに乱れはなかった。
3時頃、菓子を持って離れに向かった。
炬燵の上で小説を呼んでいた宗治は、芳隆を見て目を細めた。
「おやつだ。」
手作りの苺大福だ。
近所のおばさんが、作ってくれた。
大きな皿にこんもりと盛られた大福に、宗治は顔をしかめた。
「ひとりで食えって?」
こんなに。
芳隆が笑う。
「好きなだけってことだ。」
「…だからって、こんなに持ってくる、普通?」
文句を言いながらも、頬張っている。
なかなかあどけない。
唇に、白い粉が付いていた。
それを舐め取った舌は真っ赤だ。
「美味しいよ」
「そうか」
ほうじ茶を淹れ、置いてやる。
猫舌の宗治は、すぐに手を出さない。
「……頂こうかな」
自らも炬燵に足を入れ、芳隆は大福を口に入れた。
柔らかな餅を突き抜け、苺の果汁が口いっぱいに溢れる。
宗治も同じ食感を楽しんでいるのだろうか。
黙々と噛み続ける姿に、昨夜の名残は窺えない。
タートルネックで首を隠し、素肌をまったくと言っていい程見せていない。
昨夜、本当は何があったのだろう。
つい、探るような真似をしてしまった。
「宗治は、好きな人なんているのか?」
その問いに、宗治はじろりと視線だけを寄越した。
肩を竦めて見せると、ゆっくりと視線を前に戻す。
もうひとつ大福を手に取り、今度はそれを口に入れずにちろりと舐めた。
「……いるよ。どうして」
「ん…その年頃になれば、好きな人の1人や2人いるんじゃないかと思って。」
「あっそ」
本当に素っ気ない態度だ。
大福を口に入れる姿から、それなりに息子に対する愛情というものを感じている。それなのに、当の息子は冷たいほど素っ気ない。
くじけるものか。
親子のスキンシップを取りたい。
「どんな人なんだ?」
「……興味あるの、」
「息子のことだから。」
「ふぅん……」
どうだか。
そう言いたそうだ。
手強い。
無理に笑顔を貼り付け、芳隆は尋ねる。
「教えてくれないのか?」
イラつきを交えた表情で、宗治は唇を引き結んだ。
頬が僅かに赤い。照れている。
もう一押しで、何か言ってくれそうだ。
「少しだけでいい。」
ほんの少しでもいい。
すると、少し迷ったあとで宗治は頷いてくれた。
「……背の高い、優しい人だよ」
言い終えた顔はより赤く染まっていて、愛らしいことこの上ない。
「そうか」
にっこりと笑い、ありがとうと頭を撫でる。
その手から逃れるように首を振り、真っ赤な顔を宗治は背けた。
微笑ましい半分、昨夜のことが頭の中を駆け巡る。
宗治の喘ぎ声。
もしかしたら、その好きな人をこっそり部屋に連れ込んでいたのかもしれない。あの声からして、宗治が受身なのだろう。
人の性的な好みをどうこう言うつもりはないが、宗治は芳隆に何か言われることを恐れたのではないか。
だから、あそこまで芳隆の干渉を拒んだ。
そう思えば、不自然なことは少ない。
「じゃあ、書斎に戻るよ。」
最後にもう一度、宗治の頭をくしゃりと撫でた。
障子を開け、冷たい空気に身を晒す。
これで問題は解決したようなものだ。
それなのに、引っかかる。
気になることがあった。
なぜ宗治は泣いていたのだろうか。
姿を実際に見たわけではないが、苦しげに、悲しげに泣いているように感じた。実際のところは、何も解決していない。
宗治は何を隠しているのだろう。
泣いてしまうぐらい辛いことならば、相談して欲しい。
それとも、まだ親子の接触が足らないのか。
それ故に何も話してくれないのか。
「……寒いな」
小さく呟く。
その声に、返る言葉はない。
芳隆のいなくなった部屋で、宗治は苺大福を食べ続けていた。
空腹だった。
最近、ろくに食べていない。
少しでも、食べ物を胃に入れたかった。
その手が止まる。
瞳は虚ろに、開かれていた。
寂しげな表情に、触れる手はない。
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最近ラブ&バイオレンスな感じにハマりつつあります。
や…別に今に始まったことではないのですが。
もう少しキャラを労ってやれよ自分…。
ではでは。
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