オリジ小説7
オリジ
明が目を覚ましたのは、病院に運ばれてから1ヶ月過ぎた頃だった。
既に留年は決定している。
そのことを知らされた明は、
「やった、せんせと一緒にいられる時間、長くなったね!」
喜んでいた。
明の通う私立高校が起こした問題は、大きなものだった。
当然、学校は代償を払うこととなった。
「それにしても、太っ腹だね…それなりに罪の意識はあったってことかな」
皮肉げな玉響の言葉。
明は裁判を起こさない代わりに、就学中の学費を免除されることになった。
「えへへ…僕、限界まで留年しようかなぁ」
ベッドの上で明は笑った。
その髪をくしゃりと撫で、玉響は頬を緩めた。
「それより明は、卒業後の進路なんて考えてる?」
「ん~……」
天井を見上げ、明はうなった。
進路は特に決めていなかったのだ。
暴力におびえる毎日で、どうすれば平穏な日々を手に入れられるか、そればかりを考えていた。
「じゃあ、せんせのお嫁さんは?」
「…明……」
頭痛を堪えるように玉響は俯く。
「本気?」
「…酷い……冗談でこんなこと、言わないのに…」
ふくれた明はそっぽを向いた。
「明、男同士では結婚できないの、知ってる?」
「…外国ならできるの、知ってる?」
問いを問いで返され、玉響は息を呑んだ。
予想外のことを知っているようだ。あなどれない。
しばらく言葉もなく明を見つめていると、小さな肩が揺れた。
「せんせ……嫌なの…?」
「…嫌ってわけじゃ…」
ただ、あまりにも現実味を帯びていない。
不透明すぎて、「そうだね」と即答するには難しい。
「せんせ…僕のこと嫌いになっちゃったの…?」
本気のプロポーズも、玉響の前では霧散してしまうようだ。
内心、覚悟はしていた。
だが、心の内に暗いものがたち込め、苦しくなる。
覚悟も虚しく、ショックは大きかった。
「明、嫌じゃないんだ…ただ、時間が欲しい。」
「……時間なんて…」
ぐずる明の目は潤んでいる。
哀れなことをしてしまった。
「時間が、欲しいんだよ。今はまだ、明の気持をしっかりと受け止められないんだ。少しだけ、靄がかかってる。気持の整理がつかないみたいでね。うれしいはずなんだけれど、俺自身、どうしてなのかわからない。」
「……。」
「明をちゃんと受け止められるようになるまで、あと少し時間が欲しい。」
「……さよならする時まで、かかるの…?」
暗に、「卒業したら終わりなんでしょ?」と聞かれているようだ。
玉響は激しく首を振った。
そして、ベッドに両手を突いて明の顔を覗き込む。
「そうじゃない!それは違う…すぐだよ、明……」
気付かないうちに、失うかもしれないというだけで錯乱しそうになっている自分がいた。それ程に明を愛しているというのに、卒業を機に離れるつもりなどあるわけがない。
それだけは決して譲れない、玉響の本心だ。
「すぐだ。すぐに、明の全部、受け止められるようになるよ……」
明と玉響とを隔てる、わずかな薄さの壁。そして、靄。
それは、様々な理由の集まりだ。
教師と生徒という関係。
ただの同情から始まった恋。
いちばん大きな理由はこのふたつだった。
これさえ消えてしまえば、後はたやすく、明との結婚という話は現実味を帯びてくるはずだ。
手が届く。
「明、少しだけだよ」
「……ほんと?」
「ん、ほんと……少しだけ、明に遠慮してるのが、消えないんだ」
「うん…」
大きな瞳が見つめてくる。
そっと腰を折り、玉響は柔らかな唇を奪った。
「……信じてくれる、明?」
「……うん、信じる…」
「よし…じゃあ、そろそろおやすみ」
長時間の会話は、明が思う以上に体力を消耗する。
玉響は小さな額にもキスを落とし、柔らかく笑った。
「せんせ……帰っちゃうの?」
「いや…まだ時間あるから、いるよ」
「じゃあ寝ない。面会時間ぎりぎりまで起きてる。」
そんなわがままを許すほど、玉響は甘やかしてはくれない。
「だぁめ。おやすみ。」
愛しげに、頬を撫でる。
明は不服そうな表情をしたが、大人しく目を閉じた。
枕元に腰掛けると、明が頭を寄せてくる。
「動かないの。」
そう言うと、明は玉響の太腿に頭を寄せたまま、抗議の視線を送った。
「少しだけだよ」
「…まったく」
苦笑しながらも、玉響は愛情を注ぐ。
怪我のない、触れられる場所にとにかく触れた。
抱き締めることができないのなら、せめて撫で擦ってやりたい。
明の瞳が閉じていく。
心地よいようで、うとうととしていた。
「おやすみ、明…」
大きな瞳は、既に瞼の下だ。
安心しきった寝顔は、とにかく愛らしかった。
明の肩に毛布をかけなおし、まだ数本、明の身体に残っているチューブを見つめる。その瞳が陰った。
哀れな明。
自ら歩くことも出来ず、排泄を無機質なチューブに助けられている。
点滴のために、細い右腕には針が刺さったままだ。
望んだわけでもないのに、明はこんな、茨の道を歩んでいる。
やるせない。
無力な自分が憎いほどに。
「…お邪魔します」
「っ……」
いつの間に入ってきたのか。
声に顔を上げれば、そこには生徒会長の政司が立っていた。
「ああ、悪いね…今、休ませたところなんだよ」
「具合、悪いんですか…?」
手に持った花束を玉響に差し出して、政司は明の顔を覗き込んだ。
一瞬、いぶかしげに玉響を見やる。
「そういうわけじゃないんだ。さっきまでずっと話していたから、身体を休めてやらないと負担になるんだよ。それで。」
立ち上がった玉響は、政司にパイプ椅子を勧めた。
洗面所に向かい、花瓶に花を挿す間、背後に冷たい視線を感じた。
政司に、睨まれている。
どうやら敵視されてしまったようだ。
明の、初恋の人。
詳しくは知らないが、その初恋の人に睨まれるのはいい気がしない。
大体、明を振っておいて、今更睨んでくるというのも解せない。
明が誰と接しようが、誰と交際しようが、既に彼には関係ないはず。
玉響は眉を寄せ、花瓶を窓際に飾った。
「…先生は、学校に戻らなくて大丈夫なんですか?」
邪魔だと言いたいのだろう。
玉響は穏やかに、口元に笑みを浮かべて見せた。
大人の余裕、だ。
そして、これ見よがしに明の枕元に腰掛ける。
「いいんだよ…ちゃんと、午前中に行っているしね。午後は、明の時間。」
玉響は「明の時間」を強調した。
政司の顔が、一瞬固くなる。
だが、さすがに落ち着いていた。
「そうですか…でも、それは贔屓になるでしょう?」
急所を狙うつもりだろうか。
玉響は内心、小賢しいな、と呟いた。
「明の容態はあまり思わしくなくってね…学校にまた行くようになった時、何かあったら大変だろう?だから、俺が明の怪我の具合を把握しておく必要があるんだよ。ひとりの命がかかっているんだからね」
「……。」
さすがに、言葉がないようだった。
しばらくの沈黙が降る。
その間、政司の視線は明に向けられていた。
そして、唐突に質問を繰り出してきた。
「…先生は、明の恋人ですか」
「……は?」
ぽかんとするしかなかった。
まさか、そんなことを聞かれるとは思ってもいなかった。
次いで、笑いがこみ上げる。
「恋人…ねぇ……いいかい?俺は教師で、明は生徒だ。」
笑いながら言う間、実のところ内心は穏やかではない。
どこかで、愛し合う姿を見られたのだろうか。
抱き合う姿を。
口吻けを交わす姿を。
「あり得ないだろう?教師と生徒の恋愛なんて、ご法度だ」
冷や汗が背を伝う。
玉響はごくりと唾液を嚥下した。
どうか、大人しく退いて欲しい。
それ以上追究しないで欲しい。
「…そうですね…すみません、俺、何考えてるんだろう。」
全身から、がくりと力が抜けた。
薄い笑みを浮かべた政司を見やりながら、どうにかして誤魔化せたことに安堵する。それでも、油断は禁物だ。
他にも根掘り葉掘り、聞いてくるかもしれない。
ひそかに構えている玉響の内面を知らず、政司はそっと立ち上がった。
じっと明を見つめ、唇を引き結ぶ。
そして、徐に口を開いた。
「…先生、明が目を覚ましたら、伝えてください……」
「ああ…いいけど?」
答える間、玉響はそっと目を伏せた。
明が政司を避ける理由。
それは、政司が明を一度振ったこと以外にも理由がある。
「俺はまだ…明のこと、諦めていないってことを」
ひとつは、明の心を奥深くまで見つめようとしないこと。
「伝えてください……」
もうひとつは、その内面から滲み出る、威圧的な執着心。
「…わかったよ」
ほっとしたように、政司は微笑む。
居心地の悪さを感じているのか、政司はすぐに頭を下げた。
「…それじゃあ、そろそろ失礼します」
そう言って去っていく。
その後姿を見つめながら、このまま明からも永遠に去ってくれと、願わずにはいられなかった。
再びふたりきりとなった病室で、明は無邪気な寝息をたてて眠っている。
愛らしい明。
だが、自らに災いを呼ぶ少年だ。
まるで逃れられない鎖に縛られているように見える。
その鎖の先にあるのは、不幸ばかり。
明は自分の手で、その鎖を手繰り寄せている。
「…明…」
再びまた別の鎖を手繰り寄せる前に、全ての鎖を断ち切ってしまわなければならない。それが玉響にできる、最善のコト。
小さな明の手に触れて、玉響は溜息を零した。
最近、溜息がクセになりかけている。
もうすぐ、面会時間も終る。
この病室を出て行かなければならない。
保健室の仕事も、放置しておくわけにはいかない。
離れるのが辛かった。
心配で仕方がない。
玉響は深く、腰を折った。
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はい。
え~…BLゲーム、買いました。今週中に届きます。
プレイして、BL小説のノウハウをそこからも学ぼうかと思います。
ではでは☆
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