オリジ小説4


オリジ


 明の、ペンを走らせる手が止まった。
 細い首が後ろを振り向き、迷惑そうな表情が睨みつける。
「…何、何なの、せんせ…くすぐったいんだけど…」
「別に…?」
 くすりと笑う玉響は、膝の上に座らせた明の腰を抱き締める。
 先程から、試験に向けて勉強している明の身体を撫で回し、玉響は迷惑がられていた。早朝の保健室には、誰もいない。
 空調は完璧だし、騒がしい生徒の笑い声とも断絶されている。
 素晴らしく条件の良い勉強場所だったのだが…
「ん、もう!!」
 邪魔が入る。
 明は勢いよく上体をねじり、玉響の首にしがみついた。
 怒るだろうな、と、期待じみた覚悟をしている玉響は、明の背を撫でながら微笑んでいる。反省の色は全くない。
 しかし、明は玉響の期待を裏切った。
「や…せんせが気になっちゃう……」
 切なく甘い響きの声で、か細く言われてしまう。
 玉響は驚く反面、嬉しさに頬を緩めた。
「苦手なところ、教えてあげるよ。真面目に」
「じゃあ、この方程式。」
 気を良くした玉響に教えられ、明は教科書に赤ペンを入れ、プリントに書き込み、真剣に勉強した。
 時間が経つのも忘れ、ふと顔を上げると既にHRの時間だ。
 予鈴がなったことにすら気付かないほど、互いに集中していた。
「明、急いで」
「うん…せんせ、また来ていい?」
 明は必ず、確認を取る。
「いいよ、ほら、急いで」
 そして、玉響は必ず頷き、明の背を押してやる。
 小さな背が扉の向こうに消えたとき、玉響はどうしようもなく不安になる。
 誰かに取られてしまいそうで、怖かった。

 ようやく、午前中の授業が終った。
 明は小さく溜息を零しながら、教科書をまとめる。
 教室の後ろに備え付けられている小さなロッカーに教科書を入れ、明は保健室へ行くために、弁当の入った包みを取り出した。
 玉響が来てからというもの、明は保健室で昼食を取るようになった。
 玉響も、それを咎めはしない。
 ただ、毎日保健室で食べられるわけではなかった。
 玉響は顔もスタイルも良かったから、当然のように女子生徒が群がってしまう。そうなったとき、明はどうすることもできない。ただ呆然と、熱い視線を送られている玉響の姿を見つめることしかできない。
 それでも、玉響は明を優先してくれた。
 保健室で食べられない時は、ふたりで屋上に上がる。
 誰もいなければ、そこで少しいちゃついたりもした。
――せんせ……
 心は既に、保健室に到着している。
 明は踵を返した。
 その眼前に、すらりと高い影が立つ。
「…あ…」
 思わず、声が出た。
 振り返った明の前にいたのは、明の初恋の人だった。
「せんぱい…」
 大きく開かれた目が、潤う。
 今更、会いたくなかった。
 心臓が、太鼓を叩いたようにはっきりと、強く脈打つ。
 明は後退り、背をロッカーに付けた。
「…明、ちょっといいか」
 相変わらず、変わらない態度だった。
 彼の名前を、明はいつも強く意識していた。
 秋里政司(アキサト セイジ)。
 それが彼の名前だった。
「……」
 言葉が出ない。
 明は、ただ首を横に振った。
 その腕を、政司が掴む。
「ぃやっ…!」
 反射的に振り解いていた。
 教室中がざわめき、一気に全ての視線が集まる。
 明は頬を紅く染め、弁当の包みを胸に抱えて教室を飛び出した。
 後を追う足音が聞こえる。
 階段を駆け降り2階へ、そして、比較的人の少ない、玉響の待つ保健室へと続く1階へ。
 ひたすらに走った。
 何も考えられなかった。
 ただ、嫌だった。
「明!」
「いや…いやっ!!」
 政司の手に再び腕を掴まれ、明は弁当を落としてしまった。しかし、それよりも政司の存在の方が大きい。
 眉根を寄せ、大きな瞳を潤ませた明は、彼から逃れようと腕を引く。
 だが、政司の方が力は強かった。
 明の出す倍以上の力で細い体を抱き寄せ、胸に収める。
「っ…やめてっ!!」
 引きつった声で抗議するが、政司は離さない。
 明はついに涙を零した。
「…なんで…今更、どうして……」
「明…好きだった、本当はずっと…」
「じゃあ、どうして……」
 もう手遅れだ。
 明は、他の人を愛してしまった。
 その愛は、政治に抱いたものよりもずっと強く、濃密だ。
 玉響が、明の中では唯一無二の、愛する人だった。
 そんな明の内心に気付かず、政司は口を動かす。
「あの時は悪かったと思ってる…でも、動揺してただけなんだよ…」
 少し長めの政司の髪が、明の頬に触れる。
 あれほど近くにあった感触が、今では嫌悪感すら抱かせている。
 不思議だった。
「明、なぁ…ずっと、弟みたいに思ってたんだ…まさか、あんな風にお前が思ってるなんて、全然……だから、ショックで…」
「……」
「あれから考えてたんだ。そうしたら、やっぱり俺は明のことが好きなんだなって気付いたんだよ…だから、明、俺のところに来てくれよ」
 切実な思いなのだろうか。
 既に、明には判断できない。
「いや…」
 震える声で政司の胸を押し返し、明は落とした弁当を拾った。
 遅すぎた。
 政司は、遅すぎた。
 だから明を失った。
 背の高い、すらりとした体格の美男子が、明を逃して意気消沈している。
 ようにみえる。
 思わず、頭の中で「ように見える」と付け足してしまうほど、明は彼を信じられなくなっていた。
「ごめんなさい…」
 目をあわせることもなく、明は走る。
 保健室に駆け込み、急いでドアを閉めた。
 残された政司は、言葉もない。
「明?」
 慌てた様子で駆け込んできた明に気付き、玉響は眉を寄せた。
 息が荒く、瞳の潤んだ姿に、もしやと思う。
「明…変なこと、されたのか?」
「…せんせぇ……」
 腰が抜けてふらついている明を、玉響はそっと抱き締めた。
 幸い、保健室には誰もいない。
「明、椅子に座ろう。」
 出会った日のように優しく体を支え、玉響は明を日当たりの良い応接セットまで歩かせた。
 その後で、手際よく『外出中』と書かれたプレートをドアの前に下げ、鍵を閉める。
 これで、誰も邪魔はできない。
 弁当をきつく抱き締め、明は唇を噛んだ。
「せんせ…」
「ん…どうしたの」
「……僕…せんせが一番好き…」
 身体を丸めた明は肩を震わせた。
 その背を撫でながら、玉響は気が気ではない。
 何があったのか詳細を早く聞き出したいと思う。しかし、明らかに取り乱している明にいい事ではない。
「先輩なんて…も…知らないもん……」
 小さな声。
 しかし、とてもしっかりと言い切った。
 それは明の中に生きていた政司を断ち切る音にも聞こえた。
 明の一言で大体を察した玉響は顔を顰める。
 初恋の相手と、接触があったのだろう。
 明が揺らいでいる。
「明、何か変なことは?」
「…されてない…好きだって言われたけど、せんせが一番だから…」
「……怖かった?」
 頷く。
 抱えるように明を抱き締め、玉響は細い首に唇を寄せた。
「せんせ…?」
「明、俺のこと、選んでくれたんだ?」
「っ……当たり前でしょ!?」
 勢いよく身体を上げようとする明を、玉響は制した。
 そして、ゆっくりと身体を起こさせる。
「怒らないで…嬉しいから、確かめただけだよ」
 唇が触れ合う。
 明は目を閉じ、玉響の頬に触れた。
 互いの髪を乱しあいながら、深く深く、口吻けあう。
 全てが溶け合うようだった。
 あれほど恥ずかしいと思っていたキスが、不安定になっている今、何よりも有効な鎮静剤になっている。
「ん……」
 体中をかき回されるような、落ち着かない気分が治まっていく。
 渦巻く水面が、静かな平面へと戻るようだ。
「…ぁ…せん…せ……」
 唇を離し、明は玉響の首へしがみついた。
 ぐりぐりと頬を押し付け、玉響の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
 石鹸の匂いと、消毒液のにおいが仄かに香った。
「…明、落ち着いた?」
 華奢な身体を労るように撫で、玉響は確かめる。
 くしゃくしゃに乱してしまった髪を直してやりながら、愛しくてたまらない少年に微笑んだ。
「大丈夫…ありがと…」
 ゆっくりと離れた明の頬は濡れていた。
 目元は紅く、睫毛も濡れている。
 大きな手で涙を拭ってもらいながら、明は目を細めた。
「せんせ…」
 玉響が傍にいてくれる。
 政司にどれ程詰め寄られても、跳ね返す自信はある。
 明が愛しているのは、玉響だけだ。
 既に、政司へ向けられる愛情は残っていない。
 少しぐらついたが、もう大丈夫だ。
 それに、もしまたぐらつくことがあっても玉響が支えてくれる。
 そう信じている。
 明は玉響の頬に、軽く唇を押し当てた。

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今回を機にサイト名を少し変えました。
といっても、今までのサイト名に『-小説-』って付けただけです。
まあ、これで分かりやすくなったかなぁって。
オリジ小説、たぶん、ストーリーとしては3分の1が終了です。
政司はこれからも明にちょっかい出していきます。
ではでは。

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