オリジ小説10
オリジ
いつになく、車のハンドル操作が上手くいかない。
乱暴な運転と言っても過言ではなかった。
それが更に、玉響を苛立たせる。
家に着くころには、息がわずかに上がっていた。
誰もいなくなった夜の校舎。
宿直室にだけ、光が存在する。
あとは赤い、消火器のランプだけ。
教室塔の、シンと静まり返った実験室に、低い音が響いた。
床に転がるシルバーの携帯が、チカチカと点滅しながら震えている。
低い音は、バイブの音だった。
しかし、取るものは誰もいない。
しばらく小刻みに震えた後、携帯は大人しくなった。
そして再び、静寂が訪れる。
明の住むマンション。
ほとんどの部屋から、明るい光が漏れている。
テレビの音や、家族団らんの明るい声。
ラジオや、音楽。
生き物の気配が、溢れている。
ただ、明の住む部屋からは、何の気配もしなかった。
まるで、生物が死に絶えたように。
パトカーが一台、前から近付いてくる。
明は咄嗟に、民家の影へ身を寄せた。
そこは少しばかり洒落た家屋の多い、住宅街だ。
雨に打たれ、体中溶けたように濡れている明は、どこか不釣合いだった。
足に靴はなく、やぶれてしまった靴下が雨と血に濡れている。
バッグを相変わらず胸に抱き締めた明の傍を、パトカーが走りぬけた。
けたたましい音だ。
何かあったのだろうか。
他人事のように思いながら、こんな姿を見られては保護されてしまうことも分かっていた。それだけは、困る。
パトカーの姿が見えなくなったことを確認して、明は再び歩き始めた。
辺りを見回しながら、そこが見知った場所であることを確信する。
玉響の車に乗り、助手席からいつも見ていた景色だ。
明の黒髪が、サッと白く光った。
続いて轟音が辺りを制する。
どこかに雷が落ちたのだろう。
明の足が、ゆっくりと進む。
けぶるほどの雨の向こうに、明の姿は消えていった。
酒を飲もう。
そう思ってワインを用意した。
しかし、コルク栓を引き抜いた瞬間に飲む気が失せた。
高いコルクの抜ける音が、明の悲鳴とダブった。
「………。」
苦々しい思いで、玉響はコルクを嵌めなおす。
ワインセラーにワインを戻し、グラスに水を入れて一気に飲み干した。
『せんせえぇぇぇっ!!!』
明の声が、耳にこびりついて離れない。
今思えば、おかしなことだった。
本当に、明は自ら望んで政司に身体を開いたのだろうか。
それは、可能性としてありえない気がした。
認識したと同時に、脈が速くなる。
愚かなことをしてしまった。
明を信じてやれなかった。
何があっても、何をしても自分を信じていた明を、あっさりと切り捨ててしまった。なんと酷いことをしてしまったのだろうか。
明には自分しかいない。
そのことは、誰よりも分かっていたはずなのに。
本当は、分かっていなかった。
明の泣き顔が、脳裏にちらつく。
酷く辛そうな顔をしていた。
けれど、あの時明は政司との行為が知られることを恐れてはいなかった。
純粋に行為自体を恐れているだけだった。
玉響が明を癒してくれる。
政司の非行を咎めてくれる。
そう信じていたのではないだろうか。
明のそんな期待を、打ち砕いてしまった。
酷いことをした。
血の気が引いた。
震えるほどに眩暈がした。
慌てて携帯を探す。
こんな時に限って、携帯は見つからなかった。
上着のポケットにも、鞄の中にも、机の上にも床下にもない。
「っくそ!」
車の中を探そうと、リビングから出ようとする。
瞬間、電話が鳴った。
しかし携帯ではない。
誰か分からないが、もしかしたら明かもしれない。
半分の期待と覚悟を抱え、受話器を乱暴に取り上げる。
「もしもし」
しかし、期待に反して聞こえてきた声は明のものではなかった。
『もしもし。夜分すみません…新村先生ですか?』
「…ええ、そうですが…何か?」
『実は……』
電話は学校の教師だった。
鬱陶しい思いで耳を傾けていると、気まずそうに男性教師は言葉を紡ぐ。
その内容に、玉響は倒れそうになった。
明が行方不明になった。
夜の9時ごろ、母親が明を心配してメールをしたところ、返事がない。
GPSで所在地を検索すると、どういうわけか学校にいるらしかった。
不審に思って学校に連絡を入れ、宿直当番の教師が校内を探したところ、明らしい姿は見当たらなかった。
しかし、教室塔の実験室で、明の携帯が見つかった。
生徒玄関の下駄箱には、靴も残っていた。
急いで辺りを捜索したものの、姿は全く見えない。
そして、1時間たった今、警察に協力を求めた。
警察も全力で捜索しているのだが、まったく見つからないという。
心当たりがないか、明と特に親しかった玉響に話を聞こうと思ったらしい。
家が学校からそれ程離れていない玉響にも、明を探して欲しい。
そういう旨の電話だった。
世界が崩壊した。
そう感じるほど、玉響は動揺していた。
明がどこにいるのか分からない。
自分のせいだ。
もしかしたら、おかしなことを考えているのではないだろうか。
死んでしまおうなどと。
「明……。」
息苦しくなった。
明のいない日常を想像しただけで、吐き気を催した。
胸が、苦しい。
もう、何キロ歩いたのだろうか。
雨に濡れすぎて、寒い。
はずだ。
肌がこんなに冷たいのだから。
いや、冷たいのだろうか?
疑問に思う。
何がなんだか、分からなかった。
様々なものが、麻痺していた。
玉響のいない世界は、灰色だ。
温度は存在していないようだ。
質感というものも、よく分からない。
先程気付いたのだが、足に怪我をしているらしい。
靴下だけでは、道端に転がる石やガラスの破片から足を守れなかった。
随分深い傷のようで、立ち止まるとそこに雨で薄くなった血だまりができる。
明の唇が、笑みの形に持ち上がった。
玉響は、この姿を見てどんな表情をするだろうか。
きっと、驚くはずだ。
そして、濡れた身体を抱き締めてくれる。
血に汚れた足に気付いて、心配してくれる。
可哀想に、と言ってくれる。
抱き上げて、家の中に入れてくれる。
玉響に会えば、失った明の感覚がきっと全て元に戻る。
色も、痛覚も、触覚も、感情も。
すべて。
雨に混じり、涙が落ちた。
玉響しかいない。
玉響以外に、何もいらない。
玉響が望むのならば、命も何もかも、差し出していい。
玉響しか、いない。
玉響しか。
明はどこにいるのだろうか。
受話器を置いた手が戦慄いた。
しかし、玉響に考える間は与えられなかった。
すぐにまた電話が鳴ったのだ。
受話器を耳に押し当て、玉響が口を開く。
それより先に、相手が口を開いた。
『先生っ、明がっ…!!』
明の、母親だった。
苦い気分で、玉響は眉を寄せる。
『明がどこにいるのか、知りませんかっ…!?』
「お母さん…私も探しますから…」
『でもっ…』
明らかに気が動転しているようだった。
こんな時にふたりしてあたふたしていても仕方ない。
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した玉響は静かに口を開いた。
「明の性格、よくご存知でしょう。どういう子ですか、明は」
それは、玉響にも答えられるかもしれない。
けれど、明と共に歩んだ時間の長さが全く違う肉親に聞いた方が正しい。
母親は即答した。
『あの子は…友達がいないのに独りじゃ何も出来ない子なんです。だから、心のより所をいつも探していて……。』
心のより所は、一体何なのか。
自惚れかとも思ったが、玉響は目を伏せた。
「じゃあ、明はきっと、マンションかここを目指すと思いますよ…」
そうであって欲しい。
おかしなことを考えず、ひたすら自分を目指して欲しい。
母親の前ではマンションも付け足しておいたが、玉響は半ば確信して『ここ』と言った。きっとそうだ。
明は、自分を目指してくれる。
目指して欲しい。
「とにかく、見つかったらすぐに連絡します。」
そう言って受話器を置いた。
間髪いれず、今度はインターホンが鳴る。
「明…?」
空気抵抗を感じた。
玄関へ向かおうとする自分を、邪魔する何かが存在する。
そう思うほど、玄関までの距離が長く感じた。
せわしなく走り、勢いよくドアを開け放つ。
そこにいたのは、ドブネズミと見紛うばかりに哀れな姿をした少年だった。
「っ明…!!」
「せん…せ……」
小さな身体が震えている。
明は玉響を見上げ、震える指先を伸ばした。
バッグが落ちるのも、かまわない。
その指先が、玉響の胸に触れる。
「せんせぇ……」
堪えきれなくなった。
声を殺すこともできず、明は泣き出す。
頭から足まで雨に濡れ、しかも傷を負っている明を、玉響はそっと抱き締めた。哀れな姿をしている。
「明…」
明を抱き締める腕に、力がこもる。
「可哀想に……」
誰の責任だろうか。
誰でもない。己の責任で、明はこんな姿をしている。
涙と雨で顔をぐしゃぐしゃにし、シャツの前もはだけたままで、寒いだろうに学校から歩いてきたのだ。
自分ひとりを、慕って。
たったひとりで。
寂しかっただろう。
辛かっただろう。
裏切りにも似た扱いだった。
それなのに、健気に玉響を信じて。
「せんせ…ごめんなさ……ごめ…な……さ…」
途切れ途切れに言う。
明は何も悪くない。
「明、ごめん…明のことを信じてあげられなかった…」
謝っても、足りない。
明の身体から、少しずつ力が抜けていった。
安心しきった、泣き笑いの顔だ。
こんなに酷くされても、やはり玉響を信じ続けている。
愛しい少年。
世間から隠してしまいたいほどに。
こんなに愛くるしく一途な少年は、明以外に存在しないだろう。
「せんせ…独りにしないで…全部…あげるから……」
小さな声で、明はしっかりと呟いた。
濡れた髪が、頬に擦り付けられる。
体中を撫で、玉響は明の身体を抱き上げた。
小さな手で、明がしがみついてくる。
「せんせ…」
「おいで。寒いだろう…」
「…ん……」
玄関のドアが閉まる。
誰も見ていない密室の中で、ふたりは口吻けを交わした。
服を脱がされ、明はベッドの上にいる。
その華奢な身体を抱くのは玉響だった。
「明…ここ、入れられた?」
「…ううん……」
政司との行為を思い出し、明は涙を滲ませた。
「泣かないで…明…」
大きな瞳が、細くなる。
玉響は涙を唇で吸い取り、冷えた身体を抱き締めてやった。
大きく暖かな手が、明の中心を熱心に撫でている。
「んっ…あぁ…」
甘い吐息を漏らし、明はされるがままになっていた。
華奢な足には包帯が巻かれ、玉響はそれを庇うように、明の両足を肩に担ぎ上げた。一番恥ずかしいところが、惜しげもなく晒される。
「やだ…見ちゃ駄目……あっ…」
「明の全部を、教えて…」
熱く色っぽい息が、明の耳をくすぐった。
既に硬く猛ったモノが、明の狭い入口を撫でている。
小さく震えながらも、明は身体から力を抜いた。
「いい子だ……」
「ん…あ、あぁっ…」
わずかに先端がもぐり、明の内側を刺激する。
身体が少しだけ、引きつった。
「…明、いい…?」
「……は、ん……来て…せんせ……」
はじめて人と繋がる。
それが怖くないわけがない。
明はそれを悟られないように、懸命に平気なフリをした。
そのことに、玉響が気付いていないと思っているようだった。
「明…っ…」
「ああぁっ…!!」
何が起きたのか、分からなかった。
いきなり、快楽が脳髄を貫いた。
冷静になって考えようとする前に、玉響が腰を揺らす。
「ん、や、あっ…あぁっ…ま……待って…んあぁっ!」
そのあまりの激しさに、明は首を横に振る。
玉響は明の頬を撫で、形のよい頭を抱えた。
「せん、せ…ああ、あ…あうっ……」
まだ幼い花芯は、玉響に内側を擦られて悦んだ。
先端からトロリと蜜を溢れさせ、震えている。
「…んぁっ…」
荒い吐息の合間に、明が玉響を見上げる。
動きを止めて優しく微笑んで見せると、明は笑みを返した。
それが酷く色っぽい。
明の中に納まった自分が、どくりと脈打つのが分かった。
「やっ…」
感じたらしい。
明が反応し、雄をきつく締め上げる。
「少し、動くよ…」
耳元で囁き、玉響は腰を再び動かした。
「ん、んっ……あぁ…ふ…」
甘ったるい鳴き声がする。
しかし、ある一点を擦ると明が目を見開いた。
「あああぁっ!」
「おっと…」
勝手に達しそうになる明の花芯を掴み、玉響は唇を歪ませた。
「…ここ、だね…?」
明の、一番感じる場所。
少しコリコリとしていて、すぐに分かった。
「や、ぁ…ん…」
ぽろりと涙を零し、明は首をすくめる。
玉響を甘えた眼で見つめる姿は、ひどく妖艶で、玉響を誘った。
「いい子にしてるんだよ、明…」
既に痛いほどに張りつめた雄で、明の前立腺を攻め立てる。
明は甘い悲鳴を絶え間なく上げた。
花芯から溢れる蜜の量も、どんどん増えていく。
「んあ、あっ…ああっ……や…も、駄目…ああ、んっ…!」
先程までとは明らかに違う、快楽まみれの声だ。
玉響の脳を痺れさせるさえずりに、しばし酔う。
しかし、あまり長い間こうしてはいられない。
「明…残念だけど…今日は急ぐよ……」
言い終わる前に、玉響の動きは激しくなった。
「ああっ…や…せんせっ…あぁっ…ん、あうっ…!」
がくがくと揺らされ、明の視界がブレる。
感じすぎて、体中が熱く疼いていた。
確実に上り詰めている。
限界が近い。
「…っ…やあぁんっ!!」
もう、イきそうだった。
玉響も息を弾ませている。
明はそっと腕を伸ばし、玉響の首にしがみついた。
「んん…っ」
より密着したせいで、玉響の雄が深く入り込んでくる。
それはとても、幸せな感覚だった。
「明…いこう……っ」
「せん…せぇっ…!」
より深く、より強く。
互いに快楽を求め合う。
明は無意識のうちに腰を振り、そして達した。
とても、幸せな気分で。
「んっ……あああぁぁっ!!」
「明っ…!」
玉響が内側で果てた。
それを知り、明は小さく笑った。
玉響も感じてくれた。
それが、とても嬉しかった。
同じ快楽を共有できたことが、こんなに嬉しいものなのだろうか。
明ははじめて、繋がる事の意味を知った。
そして、嬉しそうに目を細める。
「…あぁ……すごい…幸せ……」
あの日から玉響がいて、ふたりで歩んできた。
支えられて、甘えて、受け入れられて。
やはり、玉響がいなくては生きていけない。
「…大丈夫?少し…やりすぎたな…」
申し訳なさそうな顔で、玉響が見下ろしてくる。
明は玉響の唇に、そっと額を押し当てた。
++++++++++++++++++++++++++++++
幸せいっぱいです。
良かったですねぇ。
書いていて、けっこう感情移入するんですよ。
でも、どんなに濃厚に書きたくても、ここじゃあ書けないんですよ。
一度にたくさん入力すると、変な表示が出るもので。
少しずつ書いていくと、せっかくの感情も薄れると言うもの。
書きたいことを忘れてしまうことも。
だから、全体的に薄い感じがしますね。
次回クライマックス。
最後まで見届けていただけると嬉しい限り。
では、次回更新まで失礼。
ご意見・ご感想は以下まで。
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