オリジ実験体2
実験体
公開実験室に、十数名の職員が集まっていた。
打ち合わせの最中なのだ。
室内は円形で、壁沿いにたくさんの機器が並んでいる。
その2階は手摺で覆われ、上から下を見下ろせるようになっていた。
2階の半分は見学用の席、半分は職員がコンピュータを操作し、また実験室を監視する中枢となっている。
そして、実験室の中央には円形の部屋がもうひとつ存在する。
一面ガラス張りのそこは、生活スペースのようだ。
ベッドにトイレ、バスルームも完備されている。
部屋の隅には勉強机のようなものもあった。
周囲の目を感じながら生活するということになるが、それは正しくもあり間違ってもいる。
中に入れば分かることだが、中から外は見えなくなっている。
マジックミラーのようなものだ。
部屋の中にいれば、周囲の壁は全て、白い漆喰の壁に見える。
外から見られていることなど気付かず、生活することになるのだ。
打ち合わせに参加していた殊羽は眉をひそめた。
これからこの中に入る人物は哀れだ。
目隠しをされるため、ここまでのルートや部屋の壁の仕組みを理解できない。だから、見られているとも知らずに生活しなければならない。
非道徳であろうとも、『研究所は一切の責任を負わない』という契約書にサインしてここに入るはずだから、道徳は通じない。
それでも、同情心はかき立てられた。
人体実験。
なんて恐ろしい響きだろう。
「シロサキさん、聞いてますか?」
「…聞いてます。」
本当は聞き流していた。
『心理学における、玩具への感情入力』
それが、この研究のメインタイトルだ。
『感情の育成・工程調査』
そして、サブタイトル。
殊羽としては、どうしてもサブタイトルの方がメインになっている気がした。
これは世界有数の玩具メーカーと提携しての研究だ。
だから、ふたつのタイトルが存在したのかもしれない。
玩具メーカーはメインタイトルを、エリジウムの研究員はサブタイトルを重視してしまう。エリジウムの研究所で働く殊羽が、サブタイトルをメインと考えてしまうのは自然なことだった。
「玩具が人間から受けた言葉を処理し、自分で感情選択をして、その中から更に、その時発するのに適切な言葉を選択することで、より人間に近い玩具を作り上げる。そうすることで、より幅広い年齢層と……」
殊羽はどこまでも話を聞き流した。
実験室の中央にある、円形の部屋。
誰からともなく、『水槽』と呼ばれるようになった。
「じゃあ、以上です。シロサキさん、よろしくお願いしますね。」
男性研究員に名指しされる。
それというのも、殊羽はこの実験で要の人物なのだ。
実験体となる人物と、最も多く接触する。
殊羽は小さく頷いた。
それを見計らったかのように、実験室のドアが横に音もなく開いた。
殊羽が何気なく目をやる。
そこには、ふたりの研究員に挟まれて、目隠しと手錠をされたまま歩いてくる少年の姿があった。
抵抗を試みているのか、肩が揺れている。
頭を下げるだけの挨拶を交わし、3人は水槽へと入っていった。
「シロサキさん、出番ですよ。」
小柄な女性に言われ、はっとする。
そうだった。
あの少年との接触を任されているのは殊羽だった。
気乗りしないながらも、殊羽は足を運ぶ。
不安だ。
自分に、他人の感情形成など任されても困る。
実際には、感情が沸き起こるまでのデータ採取が目的なのだが、感情といっても量がハンパじゃない。
喜怒哀楽から恋愛感情まで、計り知れない。
ただ怒るにしても、程度というランクのようなものがある。
莫大だ。
「よろしくおねがいします。」
ふたりの研究員と入れ違いに、水槽の中に入る。
殊羽が入ったとたんに、ドアが閉まった。
「……っ…!」
目隠しされたままの少年が、ベッドに座らされている。
不自由な手を動かし、シーツに触れていた。
殊羽の仕事は、少年の感情を引き出すことだ。
特別何かをしなければいけないわけではない。
ただ、ひたすら少年の傍にいる。
「…どうしたものか」
少年の傍らに立って思案していると、先程の女性研究員が小冊子を持って入ってきた。慌てた様子だ。
「ごめんなさい、その子の資料です。」
「ああ…」
ぱたぱたとせわしない。
そんな背を見送ることもなく、殊羽は資料に目を通す。
少年の名前は春(ハル)・ミズノ。
先月18歳の誕生日を迎えたばかりだ。
感情を引き出すために邪魔な記憶は、一時的に消去済み。
「…春」
呼んでも無駄だろう。
少年は記憶を封印されているような状態だ。何も憶えていない。
だが、反応はした。
声のする方を探るように、首を動かしている。
殊羽は春の隣に座り、肩に触れた。
「っ…!」
びくん、と震えた体が抵抗をする。
殊羽は問答無用でその身体を押さえつけ、目隠しを乱暴に取り去った。
現れたのは真っ赤に腫らした目元と、涙で潤う碧眼だ。
「…~っ!」
引きつった空気の音が喉の奥で響いていた。
今にも声を上げて泣き出しそうだ。
殊羽の手がそっと、灰茶色の髪を撫でる。
すると、春は身体を縮めてしまった。
胸に抱きこんだ両手が震えている。
「面倒だな」
言葉すら失っている少年に、何を言っても判るはずがない。
殊羽が舌を打つと、春は再び身体を震わせた。
青い目が、縋るように遠くを見る。
こういう時は、何かをしてやろうと思うだけ無駄だ。
殊羽は手際よく春の手を掴んだ。
あらかじめ渡されていた手錠の鍵を取り出し、手錠を外す。
春はきょとんとして、信じられない様子で殊羽を見つめた。
まじまじと、考えながら観察しているようだ。
手錠を外されて助けられたと感じたのか、それとも興味が湧いたのか。
殊羽にはどうでも良いことだった。
さっさと立ち上がり、ドアへ向かう。
今日はただの顔合わせだった。
「…ぁ……」
春の口から、呆けたような声が漏れる。
振り向くと同時に、ぽすんと春が飛びついてきた。
「………。」
反応に困って、殊羽は動けない。
胸に預けられた灰茶色の頭は、小さく動いていた。
頬擦りでもしているようだ。
高い鼻から零れるような声を出して、春は目を細める。
意味が分からない。
しっかりと背に回された春の腕を解こうとすれば、春は苛立った声を上げてより密着してくる。
動くに動けなかった。
「春…放してくれ」
「…ぅー……ん…」
「………。」
言葉が通じていない。
少しだけ、殊羽は春の体を押してみた。
ぱっと顔を上げた春が、不安げに眉を寄せる。
すっかり懐いてしまったようだ。
それも、手錠を外しただけで。
それ程に心細かったのだろうか。
殊羽は春の髪に、どうにかして腰を折って口吻けた。
「……じゃあな、また明日だ」
帰る素振りを見せると、春は惜しみながら離れた。
春はこれから再び連れ出される。
顔合わせである程度馴染ませた上で、言語と必要最低限の知識を、封じ込めた記憶の中から引き出されるのだ。
殊羽と入れ替わりに、先程のふたりが水槽に入った。
春の細い悲鳴が響く。
その声は、ドアに阻まれ途中で途切れた。
殊羽の胸が、ツキリと痛んだ。
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イベント直前でちょっと焦り気味です。
これからイラスト原稿仕上げます!!
では。
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