オリジ実験体
実験体
アルバイトが募集された。
条件は
1・長期で働ける者。
2・年齢17歳もしくは18歳であること。
3・いかなることにも苦情は受け付けない。
4・契約期間は必ず働くこと。
場所はエリジウム王国付属生命科学研究所。
募集内容は、『人間の精神と心理』における実験体になること。
給料は破格。
しかし、自由の代わりに苦痛が約束される。
あまりにも変化のない日常に、退屈していた。
王都エリジウム。
そこは世界で最も豊かで、大きな国だ。
国王、踊(ヨウ)=ディファーネロ5世が即位してから、国は発展よりも平和な豊かさを追求するようになった。
それから確かにエリジウムは変わったのだが、刺激的な変化とは言いがたい。
誰もが、幸せな退屈というものを感じていた。
少年も、そんなひとりだった。
だから、惹かれた。
エリジウム城付属生命科学研究所の、アルバイトに。
どんなことをするのだろう。
動物を解剖したりするのだろうか。
実験用動物の捕獲だろうか。
色々な薬品を使うのだろうか。
それとも…
「シロサキさん」
呼ばれて、茶褐色の長髪をゆるく背に垂らした男が振り向いた。
深い緑色の瞳が、手に持った書類から逸らされる。
ぴっちりと白衣を着込んで、彼は首を傾げた。
「はい?」
低い声。
だが、伸びやかで柔らかい。
「これ、読んでおいて下さいってことです。」
声をかけた青年は、少し小柄だった。
黒に近い茶色の髪に、アイスブルーの瞳が印象的だ。
中性的な魅力に、誰もが彼に憧れた。
だが、当の青年は興味がないらしく、素っ気無い。
「どこから、レイ?」
「発音、直して貰えます?鈴、です。」
「同じだろ…」
「軽々しい感じがして、そういう発音方法は嫌いです」
『嫌い』を殊更強く言い、鈴は眉を寄せた。
それに対して、言いたいことはこちらにもある。
「じゃあ、『シロサキさん』なんて他人行儀に呼ぶの、やめてくれるか?」
「黙れ。」
鈴はつんとした。
彼らはエリジウム専属の研究所にいた頃から、同じ職場で働いていた。
だが、あることが起きてふたりは離れ離れになったのだ。
「また『殊羽(シュウ)』って呼んで欲しかったら、態度で示してくれ」
「…まだ怒っているのか?」
彼らはいつも一緒だった。
デスクが隣だったからだ。
就職試験が難しいことで有名な研究所に、鈴は過去最年少の16歳で就職が決定した。当然、周囲から浮いてしまう。そんな鈴を、先輩でもある殊羽が可愛がってやったのだ。
分からないと言っては教えてもらい、困れば助けてもらった。
心から信頼していた矢先に、鈴は生意気だという理由で、同じ研究所で働く職員にレイプされた。
研究所内では、高等幹部と幹部、一般職員とに階級が分かれる。
それは能力値の高さや学歴でランク付けされるものだが、その男には面白くなかったらしい。いきなり現れた16やそこらの子供が上に立つことが、腹立たしかったのだろう。
鈴はいきなり、高等幹部の座についたのだ。
レイプされる鈴を助けてくれたのは、同じ高等幹部の蒼(ソウ)・ハナヤギという青年だった。
レイプの邪魔をされた腹いせに部屋を滅茶苦茶に壊された鈴は、傷心のまま蒼の部屋に身を寄せた。
傷ついて傷ついて、自殺を考えるほどショックだった時に、殊羽はやってしまった。研究所を、やめたのだ。
「…どんなに辛かったか…」
支えて欲しいと思っていたのに、優しく抱き締めて慰めて欲しいと思っていたのに、彼は鈴を残して去ってしまった。
「……悪かった…反省してるよ」
しかし、それは仕方のないことだった。
エリジウム城からの、直々の呼び出しだったのだ。
今殊羽達が働いている、このエリジウム付属生命科学研究所。
ほんの数年前まで、まだ職員も決まっていなかった。出来て間もない研究所に、指導する者は必ずや必要だ。
殊羽は生命科学のことは知り尽くしていた。
様々な実験機器にも精通していたし、何より語学が堪能だった。
周辺諸国から人を受け入れたいという国の方針の下、語学堪能であることは必須条件だ。
殊羽は逆らうことも出来ずにエリジウム城へ去っていったのだった。
それからしばらく後、専属研究所はある事件によって倒壊し、行き場をなくした職員達は、ほんの十数名だが付属の研究所に引き取られた。
その時鈴は殊羽と再会したのだが、一度も慣れ親しんだ様子は見せていない。怒っているのだ。
「そう…反省ね……」
紅く美しい唇をそっと持ち上げ、鈴は笑う。
それははっとする程美しいのだが、冷たさの方が際立つ。
「さっさと書類に目、通してくれ。」
「…鈴…」
「俺があんたのためにわざわざ取ってきてやった仕事なんだからな」
そして、凄絶な笑みをはく。
一方的に話を打ち切った鈴は、さっさと歩いて行ってしまった。
通称『仕事場』と呼ばれる、50のパソコンと50のデスクが一対になって置かれたそこで、殊羽は溜息をついた。
こうしてぐるりと見渡せば、そこはどこかの企業にも見える。
各々個人のデスクには書類が山積みになり、数人の職員が電話の応対に追われ、またキーボードを打つ音も響いている。
殊羽の眉が、小さく寄った。
ここに来てすぐ、殊羽は5つある仕事場のひとつを任された。
責任者として、入口に最も近いデスクを使っている。
それぞれの仕事場は『チーム』だ。
ひとつの研究所職員がひとつの研究をするのではなく、ひとつのチームがひとつの研究をする。
つまり、エリジウム付属生命科学研究所では、常に5つの研究が行われていた。そして、それぞれのチームは常に競い合っている。
どのチームがより社会に貢献できるか。
どのチームがより未知の世界を暴くのか。
仕事場で働くそれぞれのチームは、己の見識を広め、また己の力を確かめるために研究に没頭する。
「…何だ、これ…」
その合間に、小さな内職的な仕事が個人に回ってくる事もあった。
皆が皆、研究所で実験だけをしているわけではない。
鈴の持ってきた紙。
それも、小さな仕事だった。
だが、その内容はとんでもないものだ。
「どうしたんですか、シロサキさん」
5つある仕事場を仕切る廊下の窓から、鈴が意地悪な顔をして覗いている。
殊羽は嫌そうな顔で、鈴を振り向いた。
「何だ、この仕事?」
「俺のチームじゃない。蒼のチームだ。」
「知るか。やらないからな」
「無理だ。俺が変わりにサインしたから。」
仕事をするには、『私はこの仕事を放棄しません』という証明書にサインしなければならない。鈴は勝手に、殊羽の名義でサインしていた。
「何やってるんだ、お前!?」
「おっと、仕事仕事。」
怒鳴りそうになる殊羽を尻目に、鈴は楽しそうに逃げていく。
殊羽の視線は、苦々しげに書類を睨んでいた。
仕事の内容は、『心理学における…』と長々しい題から始まり、箇条書きになって記されていた。
2年に1度、一般のために公開研究が行われる。
それに携わる仕事のようだ。
「…面倒だな……」
何のつもりで、鈴はこんなものを選んだのだろうか。
嫌がらせなのは分かる。
だが、他にも意図があるように思えた。
その日から、殊羽は今関わっている研究から離れることになった。
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短めで切ってます。
鈴と蒼という青年が出てきましたが、
これは友達にまわしてた小説のキャラクターです。
自分では気に入っているので(主人公以上に)、
今回登場させました。
ええ…痛いですよね…。
主人公より作者に気に入られたキャラってのも…。
ま、ぼちぼち更新していきます。
ご意見・ご感想等以下まで。
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