オリジ夏日夜番外編


夏日夜


 死んで暫く、悲しみに暮れることしかできなかった。
 何もかもが溶け合い、ひとつになったと感じるほどに愛し合っていた快(カイ)と死別し、夏樹(ナツキ)は死後も地上から離れられずにいた。
 快と出会う前から、実のところ夏樹は死んでいた。
 だが、死後に与えられたかりそめの命が燃える間、夏樹は生者として生きた。
 遠い過去に自殺した夏樹は、死して後も魂たちに絡みつかれて成仏することができなかった。このままでは、自分もあの汚れた一部になってしまう。それを避けたくて、ずっと逃げ続けていた。疲弊しきってたどり着いた社の神によって夏樹は一時的に救われたが、魂の妄執は止まない。平成の世に実体を持ち、生きる時間を与えられたというのに、楽しむ間もなくしつこく追ってくる魂は夏樹を確実に蝕んでいった。それを救ってくれたのは、今度は神ではなく快だった。
 快は汚れた魂の群れから夏樹を救い、それと同時に夏樹を失った。
 夏樹に与えられた一時の命は、魂を打ち倒すのに必要な時間だけで、それ以上は与えられなかった。
 例え一時といえども、夏樹のために様々な手を打ち、そして愛してくれた快から、夏樹は離れられない。
 つまり、この世に未練が残っている。
 快と過ごした家の中で、夏樹は快の背を追ってフラフラと歩いていた。時折何かしらの気配を感じて、快が振り返るが目が合うことはない。あくまで、快には夏樹の姿が見えていなかった。
 それでも存在を感じてくれることが嬉しくて、夏樹は余計にここから離れられない。海岸で拾った野良猫は快以上に夏樹を感じるらしく、じっと夏樹を見詰めてきた。しかも、どういうわけか目が合う。姿が見えているようだ。声をかけると耳を揺らし、呼べば目の前に近寄ってくる。オッドアイの白猫は、夏樹の存在を肯定してくれた。
「おいこら、タコ」
 快は猫をそう呼んだ。
 猫はうっとおしげに尻尾を振るだけで、縁側に寝そべっている。立ち上がるそぶりは見えない。
 その傍らに夏樹は座っていた。
 生前、よく縁側で夕涼みを楽しんだ。そのまま快と抱き合ったこともある。近くの川から迷い込んだ蛍を目で追ったり、花火をしたりした。
 この家には縁側が2ヶ所あるが、池のある庭に面した縁側には特に思い入れがあった。畳の間から、快はぼんやりと縁側を見ていた。
「いるのか」
 張りのない声で、快が問う。
 誰に対しての言葉なのか、その場の誰も分からなかった。
 振り向いた夏樹は、快の姿を眺めた。
 すっかり痩せてしまって、みすぼらしいほどだ。
 それでも、適度に鍛えられた筋肉は衰えていないらしく、Tシャツから伸びた腕には影が浮かんでいる。
 奔放にはねるセミロングの髪は、痛んでぱさぱさになっていた。
 溜息を零し、猫をはさんで夏樹の反対側に快は座った。
「……いるんだろ、夏樹…」
 はっとして、顔を上げる。
 庭の飛び石を見つめる快は、唇を噛み締めていた。
「タコにはお前の姿が見えてるんだ…そうだろ?」
 眉を寄せ、悔しそうだ。
 夏樹は浴衣を着ている。その浴衣は、快が与えてくれた誕生日のプレゼントだった。嬉しくて、とても大事にしている。
 その袖を握り締め、触れることも声をかけることもできずに夏樹は震えた。
 それまで何気なく溢れていた言葉も、相手に伝わらないと分かってからはご無沙汰している。
 だが、伝わらないと分かっていても尚、時折声をかけてしまうのは、淡い期待からだった。
 もうすぐ京都の山は色づく。
 そうなった時、快と同じ色に染まれない気がした。
 生きる世界が、違いすぎた。


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これはイベント等で販売していた『夏日夜』というオリジ小説の番外編です。
最終的に主人公の夏樹は消えてしまうのですが、自分としては愛着があったので番外編という形で復活させてしまいました。
殺しきれないところが弱いとこですね、私の(汗)。






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